朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 71

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/04 21:38 投稿番号: [1699 / 2847]
この年、金錫源が偕行社の総会に招かれて来日したのは事実です。

>「はい。井原少将は朝鮮軍司令部の最後の参謀長でして、視野も広く日韓関係を深く理解しておられました。私もこういう指揮官になりたいとあこがれていました。また、小野武雄大佐も恩人の一人です」

崔慶禄のこの言葉については以前の解説でもふれました。彼は80年に日本大使として着任しています。「日韓共鳴二千年史(名越二荒之助著)」という本には訪日時の金錫源と崔慶禄大使が写った写真が載っていましたので、崔も総会に出席したものとして話をつくりました。
同書には小野大佐の話も載っておりましたので元ネタの一助といたしました。

>やがて、総会がはじまった。金錫源は挨拶のなかで、
「わたしの長男は戦争に参加して戦死した。それは軍人として本望である。本人も満足しているであろう」
  といった。
  かれの長男である金泳秀大尉は陸士五十七期卒であり、昭和二○年フィリピン戦線で戦死し、靖国神社にまつられている。

この発言も長男の戦死も事実です。楽屋事情を言えば、このエピソードを核にして、崔慶禄ネタを取り込んで話をふくらませていったわけです。

>また、二万七千人の台湾人もまつられている。そのなかのひとりである岩里武則という日本名をもった海軍機関兵は、金泳秀とおなじく昭和二〇年フィリピンで戦死している。かれの台湾名は李登欽といい、その弟岩里政男は李登輝という。

なお、台湾と靖国神社の縁は深く、今でも靖国の神門には、台湾随一の名峰「阿里山」の檜を使っているそうです。

http://www.ali.org.tw/jp/att/major_site.php?id=66&scenic_spot_id=8

阿里山はまだ行ったことがないので、いつかは行きたいです。
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