朝鮮を笑う

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斜め上の雲 70

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/04 01:16 投稿番号: [1696 / 2847]
  韓国軍の指揮権は、朝鮮戦争中に李承晩と米軍のあいだにむすばれた大田協定によって米軍にゆだねられていた。
  だが、大統領警護などを理由として一部兵力の指揮権返還に成功した朴正煕大統領は、米軍の干渉を受けない首都警備司令部の兵力を特戦団として改編してクーデター予防鎮圧の任務を負わせた。そのなかでも空輸特戦団は機動性にとんだ精鋭であった。
  全斗煥は准将時代、第一空輸特戦団の副団長、旅団長を五年つとめ特戦司令部に人脈をきずいていた。そのため、粛軍クーデター時には空輸特戦団が全に加担して国防部と首都警備司令部の制圧の先鋒となった。

  また、全斗煥は、盧泰愚ら陸士十一期生を中心とした将校と親睦団体「一心会(ハナフェ)」を結成しており、朴正煕はその会員に軍刀や揮毫などを下賜して激励していた。朴の親衛隊であったといっていいだろう。会員は首都警備司令部や特戦司令部、大統領警護室や西部戦線の各師団などの要職を仲間同士で独占した。
  粛軍クーデター時には、空輸特戦団と盧泰愚少将の第九師団第九十連隊が主力としてうごいただけでなく、特戦団と首都警備司令部内の実戦兵力を掌握しているハナフェ会員の将校たちが、鄭総長派だった特戦団司令官と首都警備司令官に非協力の態度をとったため、かれらはなにも手を打つことができないまま身柄を確保された。

  全斗煥は、翌八〇年四月に中央情報部長代理を兼任して国政の実権を確実に掌握し、一方では、中将、大将と昇進をかさね肩書きに箔をつけることも忘れなかった。なにやら支那の王朝の簒奪者のようでもある。
  八〇年五月には、戒厳令施行に反対してデモをおこした市民を鎮圧した光州事件があり騒然としたなか、崔大統領を議長として主要閣僚と軍首脳など二十六人の委員による国家保衛非常対策委員会が設立され、国会を解散して三権を掌握した。もっとも、崔はただの飾りにすぎず、実権は常任委員長の全斗煥にあった。
  国保委は、自宅軟禁を解かれていた金大中を再逮捕、権力を利用して不正蓄財をおこなったとして金鐘泌元総理、李厚洛元中央情報部長らの財産を没収した。また、おおくの公務員、教授、国営企業幹部らを不正腐敗の罪状で追放した。

  有名無実の崔圭夏大統領は八月十六日に辞任し、これをうけて軍を退役した全は、二十七日統一主体国民会議によって大統領に選出された。全は朴正煕暗殺事件を奇貨として権力獲得のために利用しきったといっていい。
  全は朴時代末期から極度に悪化していたアメリカとの関係改善をめざした。八一年、カーターにかわって大統領に就任したレーガンの就任直後に渡米して首脳会談をおこない、在韓米軍の増強、韓国軍近代化支援計画を共同発表した。また、F16十六機の購入にも合意した。
  これにより、アメリカ製兵器の購入促進と核兵器開発計画の完全放棄が決定され自主国防は立ち消えになった。錫元がその不可能を説いた報告書を提出していたせいでもあった。
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