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斜め上の雲 69

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/04 00:06 投稿番号: [1693 / 2847]
  鄭司令官の指示を受けた全斗煥保安司令官のうごきは速かった。かれは陸軍病院からの秘密連絡で大統領の死亡を知り、すでに保安司令部に指揮本部を設けてさらなる変事にそなえていたのである。へたをすればかれこそが暗殺の首謀者であると疑われるほど機敏なうごきであった。
  また、かれが合同捜査本部長に就任してすべての情報をにぎって捜査活動を掌握したことにより、壊滅状態となった中央情報部にかわって保安司令部が権力の中枢をになう勢力として浮上してきた。

  金を取り調べた結果、暗殺は偶発的なものであるという結論がえられたため、全は十一月六日、大統領暗殺事件の全貌についてテレビで直接公表した。
  十日、大統領代行の崔圭夏は憲法にもとづいて大統領選挙を実施すると発表し、十二月六日に投票を実施した。崔は当選し正式に大統領に就任した。
  それから一週間とたっていない十二日の夜、鄭昇和陸軍参謀総長兼戒厳司令官ら二十数人が合同捜査本部員によって逮捕された。指令をくだしたのは全斗煥である。

  すでにふれたように、暗殺当夜、鄭は金戴圭中央情報部長の招待を受けて安全家屋の別棟で食事をとり、さらには陸軍本部までかれと同行している。通謀していたのではないか、というのが逮捕理由であった。金としたしかった金桂元秘書室長も逮捕された。このとき逮捕された二十数人の多くは軍首脳である。
  だが、暗殺じたいは偶発的なものであると判明している。共謀という理由は口実にすぎず、全が軍の主導権を握るために上層部の排除をねらって起こした粛軍クーデターであったといううたがいが濃い。
  しかし、事件後の処理や対応について、崔総理や金秘書室長、鄭総長らのうごきは疑惑をまねくものがあったのも事実である。

  鄭は、捜査活動のなかで全の政治的影響力が増大してゆくことをきらい、かれを東海警備司令官に左遷する意志をかためていた。
  それが全の耳にはいった。
(やらねば、やられる)
  全は、そうおもった。全を排除して事件捜査を終結させることでおのれの疑惑を隠蔽する気ではないか。

  全は盧泰愚少将ひきいる第九師団第九十連隊と空挺部隊の六千人を動員、国防部と首都警備司令部を制圧し、鄭を逮捕してから逮捕命令の決裁を大統領につきつけた。
「その命令には国防部長官の副署がない。決裁はできない」
  そうつっぱねる崔大統領の前に、盧戴鉉国防部長官が保安司令部員によって連行されてきた。大統領は観念して決裁をした。
  また、全は、盧泰愚少将を首都警備司令官、鄭鎬溶少将を特戦団司令官に任命するなど軍の要職を盟友でかためた。
  この時点で、崔は、新軍部の実力者となった全斗煥が大統領となるまでのつなぎとしての存在価値しかない傀儡となった。
  これ以降の展開は、かつて朴正煕が起こしたクーデターの展開とほぼ引き写しであるといっていい。じっさい、全は保安司令部のスタッフに朴正煕のクーデターを研究するよう命じている。

  なお、逮捕された鄭は、八〇年三月、内乱幇助罪で懲役七年の判決を受けたが即座に刑の執行を停止され翌年三月に赦免復権した。金桂元は死刑宣告後、無期懲役に減刑され八二年に刑執行停止、八八年に赦免復権した。
  金戴圭は、八〇年五月二十四日に絞首刑が執行された。腹心の朴善浩も絞首刑、朴興柱は銃殺刑となり、ほかにも中央情報部食堂警備員二人と運転士が絞首刑となった。
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