解説:斜め上の雲 68
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/08/03 00:03 投稿番号: [1692 / 2847]
>朴正煕暗殺は突発的なできごとであり、とうてい綿密に計画されたものではなかった。その点、朴がひそかにみずからをなぞらえていたかのようにおもえる大久保利通の死より、織田信長もしくは足利義教の死にやや近いであるといえよう。金戴圭は明智光秀や赤松満祐のように、おのれの前途ともに、朴をもくだいたのである。
朴が自分を大久保になぞらえたというのは、あくまでも筆者の考えです。根拠となる記述やソースはありません。
「おのれの前途・・・」は前回も使った『この国のかたち
74
室町の世』からいただきました。
犯人の金部長が、鄭総長とともに防空壕に行った後どうしていたのかがわからず、書くのに手間取りました。そのまま緊急閣議の場にいて犯行の目撃者である金秘書室長を監視していた、という記述を発見してようやく整合性が取れそうな展開で書けました。
金桂元へのインタビューによると、朴正煕・金桂元・金戴圭は、ふだん酒の場では政治の話はしなかったそうです。酒が回ってくると、朴が金桂元を「都承旨」、金戴圭を「捕盗大将」とよんでふざけ、いっぺんその官服をきて飲むか?と冗談を言ったこともあるそうです。70年代にコスプレとはなかなかやるじゃないか。(笑)
≫――酒席で朴大統領が金室長のことを“都承旨(※李朝時代の官職名。承政院の長。正三位)”と呼び、金載圭のことは“捕盗大将(※李朝時代の犯罪者を取り締まる官職名)”と呼んだりしたのは事実ですか?
金桂元:酒が回ってくるとそんな風に呼んだりしていました。どうやって説明したらいいかわかりませんが、酒の席では子供のように遊んでました。ややこしい政治の話なんかほとんどしませんでしたよ。あの日はいつもと違ってそうなってしまいましたが、普段は政治の話なんかほとんどしません。大統領は、ある時にはふざけて、「私達の官服(※官吏の制服。李朝時代の韓服を指すものと思われる)を一着ずつ揃えて、それを着て酒を一度飲んでみるか」などと話していたこともあります。
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これは メッセージ 1690 (toapanlang さん)への返信です.
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