解説:斜め上の雲 63
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/26 10:57 投稿番号: [1657 / 2847]
>自暴自棄となったかれらは、訓練官らを殺害して離島の訓練所を脱出、ソウルに乗りこんで強盗暴行などをおこなったあげく、乗っ取ったバスのなかで手榴弾が暴発して全滅した。事件は北ゲリラの出没として片づけられた。
蓋世さん、エトさんご指摘のように、映画「シルミド」のもとになった事件ですね。たしか女性トピでもふれられたように、事実は映画ほど悲壮なものではなく火病に近いものであったようですが。
本文でもっと前面に強く火病説を押し出すべきでしたね。単行本にするとき修正します(んなもん、出るかっつーねん!)。
>七四年には、休戦ライン近くで南侵用に掘られたトンネルが発見された。翌年三月にも二つ目のトンネルが発見され、七八年には三本目のトンネルが発見された。
むろん、北朝鮮は否定した。しかしそれらのトンネルの壁には、北から南にむかって掘削機のあとがついていた。
『週刊朝日』75年10月10日号では、岡井輝雄記者(副編集長。稲垣武とともに73年の訒小平復活を文革否定の兆しと報道したため、朝日本紙の秋岡中国特派員(中共べったりで林彪死亡を否定した香ばしい人)から抗議された経験有)のトンネル探査報告「戦慄の地下100メートル 北朝鮮製トンネルを行く」という記事があり、
「北から南への方向だけに掘削機の穴の後があるという事実の前には、もうどんな言葉も不要ではないか」
と書かれています。
>同じく七四年の八月十五日には、在日朝鮮人の文世光による朴大統領狙撃事件がおき、朴夫人の陸英修が死亡した。朴は事件の背景捜査と朝鮮総連の規制を日本に要求した。
大阪市内の交番で盗まれた拳銃が犯行に使われ、最初は日本人青年の犯行という誤報があったこともあり、日本大使館には抗議のデモが押しよせ、日章旗が焼かれた。
どうやら大阪市中央区の高津交番のようです。ここから千日前筋を東へ車で10分ほど行けば鶴橋、さらには生野区・東成区です。
>それをあてにして、マダガスカルのラチラカ大統領、ソマリアのバーレ大統領のように平壌詣でをくりかえす元首も多かった。ラチラカは金に懇願して大理石づくりの大統領宮殿を建ててもらったという。
ラチラカのおねだりについては、91年に韓国へ亡命した、北朝鮮の元コンゴ大使館一等書記官高英煥が著書『平壌25時』で書いていました。
蓋世さん、エトさんご指摘のように、映画「シルミド」のもとになった事件ですね。たしか女性トピでもふれられたように、事実は映画ほど悲壮なものではなく火病に近いものであったようですが。
本文でもっと前面に強く火病説を押し出すべきでしたね。単行本にするとき修正します(んなもん、出るかっつーねん!)。
>七四年には、休戦ライン近くで南侵用に掘られたトンネルが発見された。翌年三月にも二つ目のトンネルが発見され、七八年には三本目のトンネルが発見された。
むろん、北朝鮮は否定した。しかしそれらのトンネルの壁には、北から南にむかって掘削機のあとがついていた。
『週刊朝日』75年10月10日号では、岡井輝雄記者(副編集長。稲垣武とともに73年の訒小平復活を文革否定の兆しと報道したため、朝日本紙の秋岡中国特派員(中共べったりで林彪死亡を否定した香ばしい人)から抗議された経験有)のトンネル探査報告「戦慄の地下100メートル 北朝鮮製トンネルを行く」という記事があり、
「北から南への方向だけに掘削機の穴の後があるという事実の前には、もうどんな言葉も不要ではないか」
と書かれています。
>同じく七四年の八月十五日には、在日朝鮮人の文世光による朴大統領狙撃事件がおき、朴夫人の陸英修が死亡した。朴は事件の背景捜査と朝鮮総連の規制を日本に要求した。
大阪市内の交番で盗まれた拳銃が犯行に使われ、最初は日本人青年の犯行という誤報があったこともあり、日本大使館には抗議のデモが押しよせ、日章旗が焼かれた。
どうやら大阪市中央区の高津交番のようです。ここから千日前筋を東へ車で10分ほど行けば鶴橋、さらには生野区・東成区です。
>それをあてにして、マダガスカルのラチラカ大統領、ソマリアのバーレ大統領のように平壌詣でをくりかえす元首も多かった。ラチラカは金に懇願して大理石づくりの大統領宮殿を建ててもらったという。
ラチラカのおねだりについては、91年に韓国へ亡命した、北朝鮮の元コンゴ大使館一等書記官高英煥が著書『平壌25時』で書いていました。
これは メッセージ 1654 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/dabaafa4rbepa4a6_1/1657.html