朝鮮を笑う

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斜め上の雲 56

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/10 12:48 投稿番号: [1627 / 2847]
  前回もふれたが、第十四連隊を率いる錫元は、密林に適した歩兵主導の戦術をとるよう主張し韓米軍の指揮官にあうごとにそれを説いた。
  さらにかれは、アメリカ軍がジャングル内でのゲリラ戦に正規軍はむかないとして、グリーベレーのような特殊部隊を投入しているのはまちがいであるとまで断言した。これには、当然のことながら韓国軍だけでなく米軍の指揮官からも批判があびせられた。
「大東亜戦争をみてください。南方の密林で戦った日本軍は完全な正規軍だったではないですか。かれらが密林に適していなかったといえるのですか」
  軍事に関しては、相手がだれであれ錫元の発言は容赦ないものであった。生死がかかっている以上当然のことであろう。
「じぶんの足だけをたよりにして戦っていたにもかかわらず、通信と補給が途切れないかぎりは、統制のとれた行動を維持しえたではありませんか」
  大東亜戦争で日本軍と戦っていたのは他ならぬアメリカ軍である。また、今は第一線を退いているものの韓国軍の将官クラスには当時日本軍として戦っていたものも多い。敵味方双方の立場で密林戦を経験しているというのに、なぜその歴史を振り返ってまなぼうとしないのか。

  錫元の提言に対して、韓米軍の将官たちはおおむね無反応であった。
(瘴気にでもあたって脳をやられてしまったのではないか)
  ベトナムは亜熱帯に属し、とくに南ベトナムは五月から十月の雨季の間に感染症が多発する。それとも、
(あまり戦闘の苛烈さがつづいているせいで、帽子の下がぼけてしまったのか)
  錫元はにがい表情をつづけていたが、ふとおもいあたった。
(経験することと、経験からなにかをまなぶこととはまったくの別物であるらしい)
  ついに錫元は、かれらに対して怒るよりも、むしろその思考回路の働きをおもしろがるようになった。

  もっとも、ただおもしろがっているわけにはゆかない。
  錫元は、歩兵主導の戦線形成による戦闘にくわえ、白善菀から教わったように、民衆とゲリラがむすびつかないよう、部隊の軍紀をきびしくし民衆の不安をやわらげる工夫に心をくだいた。
  たとえば、畑のスイカ一つを徴発するのにもかならず代価をはらい、村内での小休止であっても村人の許可を取りつけることで、規律の良さと整った秩序を示し好感度を高めようとした。
  こうして民衆とゲリラを切りはなし、ときには密林のなかで、ときには平地に追い出して、ときには海岸線にまで追いつめて、敵を包囲し集中砲火をあびせて殲滅していった。これによって錫元のひきいる部隊は、すこしずつではあるものの戦果を積みかさねていった。
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