朝鮮を笑う

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斜め上の雲 53

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/04 14:18 投稿番号: [1612 / 2847]
  十九世紀にベトナム全土を統一した阮(グェン)氏王朝は、清の嘉慶帝から印綬をさずけられ越南という国名も承認してもらっていたが、統一にフランスの力を借りたことからその干渉をまねくようになった。
  一八八四年のフエ条約によって、ついにフランスの保護国となったため、宗主国を自認する清とフランスの間に戦争がおこり、その結果結ばれた天津条約において完全にフランスの植民地となった。
  爾来、フランスの支配は一九五四年五月、越南独立同盟(ベトナムドックラップドンミン)通称ベトミンの攻勢によりフラン軍がディエン・ビエン・フーで降伏するまで七十年にもおよんだ。

  五四年七月にジュネーブで結ばれたインドシナ停戦協定により、ベトナムは北緯十七度線を境として南北に分割され、五六年までに南北統一のための総選挙をおこなうとされた。この点、朝鮮半島と同様である。
  また、北では共産党、南では反共勢力が権力を掌握して結局総選挙がおこなわれず、南北分断をまねいたのも同様である。
  南では、圧政の打倒と革命をもとめる南ベトナム解放民族戦線が蜂起を繰りかえした。六四年八月、南ベトナムの同盟国であるアメリカは、解放戦線の実態は北ベトナム軍であり同盟国への明白な戦争行為だとしてついに参戦した。

  ベトナムの韓国軍は、火器とヘリに依存する米軍とちがい、洞窟の奥までもくまなく分けいってゲリラを捜しもとめ、銃が使えない環境ならナイフでゲリラを討つ、という徹底した掃討作戦を展開していた。
  民間人であってもゲリラの疑いがあれば殺された。ゲリラの多くは民間人に偽装し、物かげから狙撃してきたり村の中にトラップを仕掛けたりするなど正規軍にとってなやましい戦術を使いつづけたせいである。
  それを考えれば民間人でもうたがってかからざるをえない。動く人影をみさかいなく虐殺しているだけにしかみえないが、米軍の戦術を忠実になぞり、はるかに徹底的におこなったものであるともいえる。むろん、その戦術の当否について免責することもできないのだが。

  ついには、村に入るとゲリラと民間人を峻別することなく殺害するようになった。そういった疑念の昂じた強迫神経症の果てが、有名な米軍の「ソンミ虐殺」であったともいえる。
  赤ん坊の股を裂いてもてあそんだ、といううわさもきいた。さすがにこれは誤聞であったようだが、かれらに対するひとびとの感情がそのような物語をつくりだしたということは否定できない。
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