朝鮮を笑う

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斜め上の雲 34

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/24 17:29 投稿番号: [1510 / 2847]
  白団は、国府軍の建てなおしだけでなく作戦の立案にも関与した。
  四九年の金門島防衛戦において作戦をじっさいに立案したのは白団である。さっそく錫元は作戦についてたずねた。
「敵を上陸させておいて背後から逆上陸というのはさほど目新しいものではありません」
  林はていねいに答えた。
「日本史のなかにお手本があるのです。厳島の戦いをご存知でしょうか」
  さすがに錫元は知らない。林はてみじかに説明した。

  一五五五年、安芸の大名毛利元就は、防長両国と豊前の一部を領する陶晴賢をうつため瀬戸内海の厳島に城をきずき兵をいれた。
  劣勢である元就は謀略のかぎりを尽くして、その大軍をせまい厳島に集めさせるようはかった。
  陶晴賢は、軍事において当時第一級の才幹であったといっていい。しかし不幸なことに元就の謀略の才能は陶のそれをはるかに凌駕していた。
  晴賢は、ついにのせられた。
  陶勢は二万の大軍をもって上陸して城を囲んだ。わずか三千の毛利勢は闇夜にまぎれてその背後に逆上陸し、夜明けに城方とともに挟撃した。陶軍は壊滅し陶父子は浜辺で自刃した。

「マッカーサー元帥の仁川上陸も、ねらいとしては似たところがあるのかもしれません」
  朝鮮戦争初期の劣勢をひっくりかえした仁川上陸も、敵の主力を釜山橋頭堡までよびこんでおいていっきに政戦略上の要衝であるソウルを奪還、敵を挟撃した。
「やはり日本軍は奇襲をこのむのですか」
  錫元の疑問に林は首を横にふった。
  ほんらいなら、正統な戦略によって敵に倍する兵数をそろえて平押しにおしてゆくというまっとうな戦法をとりたいのである。しかし、
「私たちは豊富な兵力・弾薬を持っているわけではありません。貧乏所帯はあるものでやりくりしていかなくてはならないのです」
  そのために戦術を駆使せざるをえなかった。巧緻に走りすぎたという批判もやむをえませんが、という。
「現実を正確、虚心に受けとめて最善を尽すべく方策をねる。このあたりまえのことがむずかしいんです」
  これが完璧にできればどこの軍隊も負けないんでしょうがね、と林はわらった。

  また、林は、軍事顧問としては教え方も重要だともいった。
「わたしは顧問であって上官ではありません。命令するのではなく指導するだけです」
  つまり先生である。とはいえ、教えこむだけではなく、生徒にやらせることを主眼としなくては生徒の身につかないという。
「先生の質も大切ですが、生徒のやる気はそれ以上に大切なのです」
  先生はでしゃばってはいけない。謙虚に控えめであるべきだともいった。
(ウリナラの教師とはだいぶちがうなぁ)
  錫元はそうおもわざるをえない。
  韓国では教師はえらいものと決まっており、生徒の父母からのつけとどけを当然のごとく受けとっていた。額の多少によって生徒の成績やあつかいが変わるのもよくある話であった。
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