朝鮮を笑う

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斜め上の雲 28

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/06 22:22 投稿番号: [1448 / 2847]
  錫元の帰省は、金家だけでなく金村じゅうでちょっとした話題になった。
「金家の元さんを見にいってくる」
  と、まるで芝居でも見にいくように、おとなたちは金家に出かけた。
  文景福の父、文士誠もそのひとりである。
「大きくなったもんじゃのぉ」
  士誠は錫元を見るたびに感嘆した。かれは日本時代苦学して巡査になり、現在も警察に身をおいている。
  かつて光復軍が金村に進駐したさい、「日帝の手先を糾弾する」として、接収された職場に呼び出しを受けた。大声をあげて威嚇する光復軍幹部にかれは怒鳴りかえした。
「おれは勉強して、おれの力で職についた。なにが悪いか――おまえらは」
  なにもしなかったばかりか、今ごろのこのこと出てきて戦勝者づらをしてなにをいばりくさるか、ごくつぶしの恥さらしめが、と一気にまくしたてて、机を蹴りあげ、いすを投げつけてさっさとその場をあとにした。
  そのかれが「錫元見物じゃ」といって、毎晩どぶろくを満たした一升壷をさげて金家にやってくる。小さいころからよく知っている錫元が成長したのがよほど気にいっているらしい。
「陸士ちゅうたら、やっぱり卒業したら少尉任官かの?」
  と、士誠はきいた。
「はい。四年課程です」
「なんで陸士をえらんだんじゃ」
  理由のひとつはすでにふれた。金がかからないで勉強ができるからである。
  いまひとつの事情は、勉強しながらも給料をとれるということだった。
「父上さま、四年経ってわたしが少尉になると、今よりお金を送りますので、弟たちを学校へやってくださいませ」
  錫元は信五のほうに向きなおってそういった。錫元の下には二人の弟と一人の妹がいる。今も送金をしているが、任官すればその額をもっと増やすという。
「たいした息子じゃのぉ」
  三人の息子と一人の娘の親である士誠は、また感嘆した。

  この時期、韓国は疲弊している。
  せっかくむきずで接収した日帝の主要産業施設も大半は朝鮮戦争で灰燼に帰した。農地も荒廃し、農地改革もうまくすすまず、多くの越南者は職からあぶれた。
  大統領である李承晩は、経済復興について有効な政策をとることができず、アメリカからの援助物資に依存するばかりであった。
  十五年間にわたる李承晩の施政中に総額約三十億ドルにもおよぶ援助物資が供与されたという。年平均で二億ドルという計算になる。
  この援助物資の分配は利権であるといっていい。李はその分配に政治力を行使した。なにやら列強に利権をくらわせつつ対立させようとした清の李鴻章に似ていなくもない。
  その結果、分配された物資をもとでにしていくつかの財閥がうまれた。三星、現代、LG、斗山がその代表格である。
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