朝鮮を笑う

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斜め上の雲 27

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/04 13:31 投稿番号: [1446 / 2847]
  この時期の金家にとって、最大の事件といえば、錫元の帰省であった。
  朝鮮戦争の休戦後、金信五は一家一族を引き連れて、釜山から金村に帰っていた。55年の夏、暑中休暇で錫元は帰ってきたが前ぶれはしていない。
  錫元は坡州で汽車からおり、下士官服に似た士官学校の制服をきて町へ入ってきた。そういう錫元を最初に街角で見かけたのは、幼友達の文景福であった。
「そこへ行かれるは金家の元さんではございませぬか」
  文は、丁寧語でなまぬるくいったが、気持はひどくせきこんでいる。この文景福は錫元より五歳年下であったが、幼いころから仲がよく、いまは高校に在学中である。錫元が士官学校に入ったことはきいていたから、
(この兵隊姿が、きっとそうじゃろ)
  とおもいながら、声をかけたのである。錫元はふりむいた。
  やあ、景福か、と立ちどまった。文はなつかしいよりも、錫元が士官学校に入ったことがうらやましくてならず、
「士官学校ちゅうのは、やはり官費ですか?」
  とたしかめてから、
「ウリも金村で薄ぼんやりすごしていてもつまらんので、士官学校でも入ろうと思うんですが、どんなもんです」
  文にすれば、本気であった。士官学校に入れば英語が学べるという。かれの当時の日本語以外の語学というのは宝石のように稀少価値があり、語学を学べる場所など韓国でもいくつもなかった。ところが錫元は、
「やめえ、やめえ」
  と、帽子の下から汗をながしながら手をふった。文はおどろき、どうしてですか、ときくと、
「どうしてって、あんなところ、しんどぉてたまらん」
  と、錫元は頭をふった。
  まったくその言葉どおり、この錫元の入った時期の士官学校というのは辛い課業を生徒に課していた。朝鮮戦争は休戦になったというものの、陸軍当局としては軍の再編と近代化のために生徒をきびしく鍛えるもくろみでいたから、一年でやる学課や実技を半年で詰めこみ、いっきに一人前以上の士官を育てるやりかたであり、この暑中休暇も規定でいえば夏に5週間ということであるのに、ことしは10日だけしかなかった。
「元さんでも、しんどいんですか」
  これには、文もおどろいた。他家にやとわれて農作業をしたり、狩りのために野山を駆けていた錫元の姿を文は幼友達だっただけによく知っており、その錫元がしんどがるようでは、
(ウリにはどうにもならんな)
  とおもった。文はそろばん勘定には自信があったが、体には自信がない。   それに錫元の話をきくといまは英語の勉強よりも軍事学や実技ばかりをやらせるから文が思っているような学校ではなさそうであった。
「ほなら、やめました」
  文は言い、錫元とわかれた。錫元は、こんな地獄のような学校は人にはすすめられんと本気でおもっていたし、「金村で薄ぼんやりすごしていてもつまらんから士官学校へ」というような文にはとくにむりだとおもった。
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