Re: >アンパン
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/02/25 11:44 投稿番号: [1234 / 2847]
>1937年(昭和12年)6月11日、赤軍のトハチェフスキー元帥(国防人民委員第一代理、赤軍軍需総監、党中央委員候補)ら8名の、
赤軍最高幹部の逮捕・処刑から始まった「赤軍大粛清」が始まってから2年しか経っておらず。
(実際は赤軍だけでなく、政府官僚、党員、労働者、知識人、さては「弾圧」する側のNKVD(内務人民委員部)要員まで、無差別に「大粛清」)
6月11日朝軍法会議開廷、その日の21時に死刑判決、深夜25時に銃殺刑で処刑、でした。その他にも国防会議議員80人中65人、将校2万人が刑死したといいます。
>「エジョフシチナ(「エジョフ騒動」)」の後半期。
(エジョフとは、大粛清の指揮を執った、NKVD(内務人民委員部)委員(長官。大臣)ニコライ・エジョフ)
その彼も、38年12月に突如解任され(後任はあのベリヤ)消息不明。たぶん消されたんでしょう。
>前年の1938年6月13日には、NKVD極東地区(極東地方内務人民委員部)長官のゲンリッヒ・サモイロヴィッチ・リュシコフ(大将相当)が、
満州国に亡命。
マラトフという変名で東京都内に隠れ家を提供されたそうですが、終戦後、日本軍によって大連で暗殺されたそうです。
>ジューコフ自身、トハチェフスキー元帥の「縦深戦闘理論」の「直弟子」でしたから・・・
朝鮮戦争で韓国軍を指揮した白善菀も書いていました。
ソ連軍といえばローラーのように広い正面で押してくるイメージがあるが、実際には、突進軸を設定し、部隊を梯団に区分して縦深戦力を充実させ、錐のように突破してくる。独ソ戦も満州侵攻もそうだった。と。
満州国軍だったので実際に見た上での記述らしいです。
これは メッセージ 1231 (samurai_03_japanjp さん)への返信です.
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