竹島外一島に関する考察4(まとめ)
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/01/29 15:02 投稿番号: [991 / 18519]
竹島外一島に関する考察4(まとめ)
これまでの史料の分析により、1870年から1883年まで、日本政府が「現竹嶼」を「松島」とし、「現鬱陵島」を「竹島」としてきたことが証明できた。唯一の例外は渡辺による「松島の議」であるが、これも上司により直ぐにその解釈を否定されている。また、現竹島はリアンクル島と認識していたのは想像に難くない。
では、「竹島外一島」の「外一島」とは、どの島のことか。島根県のいうところの「外一島」は、現竹島で間違いありません。右大臣の示すところの「外一島」は、これまで示した史料より「現竹嶼」以外ありえません。これは、島根県の地図の不正確性と、政府の思いこみ、「現竹嶼」と「現竹島」の大きさが似ているために発生した誤謬でしょう。外一島が現竹島と勘違いされるのも無理からぬところです。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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