隠州視聴合紀の「高麗」
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/05/28 06:10 投稿番号: [9598 / 18519]
半月城さんへ
最近、読んだ本に、半月城通信 No.89 の以下の記述に関連する史料を見つけたのでご紹介します。
>
おわりは「見高麗如自雲州望隠州」の解釈です。この読みくだしは「高麗
>を見るは、雲州より隠州を望むがごとし」でいいと思います。ただ、注意すべ
>きは、これが書かれた1667年には高麗という国はすでに存在しません。滅びて
>からすでに275年もの長い歳月がたっています。
>
そのため「高麗」はもちろん国の名前を意味しません。漠然とした地名と
>して用いられました。高麗とはいうまでもなく朝鮮半島です。
これに関して、山本博文「鎖国と解禁の時代」(校倉書房)の p.183 に以下の史料が載っていました。
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対馬守・柳川公事御穿鑿半様子ハ、高麗より之文も
将軍様より高麗へ之御書も、御代々対馬守書直、…
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これは、熊本藩主細川忠利が父親に宛てた手紙の一節で、江戸幕府が朝鮮との修好回復のために文書のやり取りをしていた際に、仲介した対馬が勝手に文書を書き直していた事件、いわゆる柳川一件について述べています。
ここでは明らかに「高麗」が「朝鮮国」の意味で使われています。あくまで「朝鮮国」の意味の用例を一つ見つけたというだけなので、上記の半月城さんの主張を否定することにはなりませんが、その論拠をかなり弱いものにする例であると思います。ご参考にしていただければ幸いです。
掲示板を見ている方へ
17世紀の「高麗」という言葉の用法について詳しい参考文献をご存知の方はご紹介いただけるとありがたく思います。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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