ぷ♪
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2005/05/12 11:14 投稿番号: [9372 / 18519]
>「
『巷
街
贅
説』塵哉、『事 々 録』三田村鳶魚(1870-1952)など石州浜田竹島一件など、松島経営に名を借りた竹島での異国との交易が1836年に発覚した。」もありでしょう。細かいことを抜きにして日本人が竹島、松島を熟知して事業活動?を行っていた事実はあるわよ。
『巷街贅説』には朝鮮商人金清事こと会津屋八衛門が竹島(鬱陵島)へ渡った事は書いてあったけど、松嶋(獨島)へ渡ったことは書いてないんだけどね。
これって日本人にありがちな勝手な思いこみって奴かしら?
>幕命によって鳥取藩が、大谷、村川両家から鬱陵島周辺海域を聞き調べ作製した図に、竹島松島之図(1724)があり、さらに長久保赤水(1717-1801)の「改正日本輿地路程全図」、林子平(1738-1793)『三国通覧図説』の三国輿地路程全図(1785)などの地図まであるわ。
『竹島松島之図』ってのは、太政官が我が国(日本)と関係なしと判定する材料の一つにつかわれたアレですかい?
>江戸時代、竹島、松島に日本人の歴史が記されている。竹島だった鬱陵がいつの間にか『大日本史』・・隠岐の国、下・・・、で松島、竹島が「我が版図」になったのかよくわからないので識者を待つと書かれていたり、日本人が竹島、松島に活躍した事実とそれに伴う記載、地図の類まで残っていましたわね。こういう事実に目を背け、捏造、曲解、重箱の隅つつきが多かったでしょう。
松島(鬱陵島)までも朝鮮国から奪おうとする明治時代の風潮の中で、『大日本史』(大正年間に完成)の筆写は相当に苦しんだろうね。
「よくわからないので識者を待つ」としたのは、根拠がないことを自白する学者としての良心が言わしめた言葉だろ。
こういう事実に目を背け、捏造、曲解、重箱の隅つつきに熱中するのも日本人に多い特徴かしら?
>大切なのは、国際法的な領有権を確定する1905年の島根県に編入だけでしょう。本質から目をそらして、論点いや論理そのものを曖昧にするため衒学的な議論を展開する、あたしよく分からずにTe2222000さんもその類かと早とちりして申し訳ございませんでしたわ。
あれあれ、今では日本政府も1905年の島根県編入で『国際法的な領有権を確定』とはしてないのにね。
ぷ♪
『巷街贅説』には朝鮮商人金清事こと会津屋八衛門が竹島(鬱陵島)へ渡った事は書いてあったけど、松嶋(獨島)へ渡ったことは書いてないんだけどね。
これって日本人にありがちな勝手な思いこみって奴かしら?
>幕命によって鳥取藩が、大谷、村川両家から鬱陵島周辺海域を聞き調べ作製した図に、竹島松島之図(1724)があり、さらに長久保赤水(1717-1801)の「改正日本輿地路程全図」、林子平(1738-1793)『三国通覧図説』の三国輿地路程全図(1785)などの地図まであるわ。
『竹島松島之図』ってのは、太政官が我が国(日本)と関係なしと判定する材料の一つにつかわれたアレですかい?
>江戸時代、竹島、松島に日本人の歴史が記されている。竹島だった鬱陵がいつの間にか『大日本史』・・隠岐の国、下・・・、で松島、竹島が「我が版図」になったのかよくわからないので識者を待つと書かれていたり、日本人が竹島、松島に活躍した事実とそれに伴う記載、地図の類まで残っていましたわね。こういう事実に目を背け、捏造、曲解、重箱の隅つつきが多かったでしょう。
松島(鬱陵島)までも朝鮮国から奪おうとする明治時代の風潮の中で、『大日本史』(大正年間に完成)の筆写は相当に苦しんだろうね。
「よくわからないので識者を待つ」としたのは、根拠がないことを自白する学者としての良心が言わしめた言葉だろ。
こういう事実に目を背け、捏造、曲解、重箱の隅つつきに熱中するのも日本人に多い特徴かしら?
>大切なのは、国際法的な領有権を確定する1905年の島根県に編入だけでしょう。本質から目をそらして、論点いや論理そのものを曖昧にするため衒学的な議論を展開する、あたしよく分からずにTe2222000さんもその類かと早とちりして申し訳ございませんでしたわ。
あれあれ、今では日本政府も1905年の島根県編入で『国際法的な領有権を確定』とはしてないのにね。
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これは メッセージ 9371 (kana_ikeuchi さん)への返信です.
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