隠州視聴合紀の隠州は竹島を含む
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/05/07 06:21 投稿番号: [9311 / 18519]
以下の書物に収録されている隠州視聴合紀の本文を入手したので、少しずつ見ています。
続々類書群従 第九
編纂 国書刊行会
発行 株式会社続群書類従完成会
(昭和44年11月29日)
まだきちんと読んだのは国代記の始めのパラグラフだけですが、いくつか疑問があるので、識者の皆さんのご助力を賜りたく質問いたします。
私の読んだテキストには、国代記の冒頭が以下のように書かれていました。[ ]で囲んでいるのは、小さい字で注釈のように書かれた個所です。返り点も書かれていますが、煩雑になるので省略します。
a. 隱州在北海中故云隱岐嶋
b. [按、倭訓海中言遠幾故名歟]
c. 其在巽地言島前也知夫郡海部郡屬焉
d. 其位靈地言島後周吉郡穩地郡屬焉
e. 其府者周吉郡南岸西郷豊崎也
f. 從是南至雲州美穂關三十五里
g. 辰巳至伯州赤崎浦四十里h
h. 未申至石州温泉津五十八i里
i. 自子至卯無可徃地
j. 戊(ママ)亥間行二日一夜有松島
k. 又一日程有竹島
l. [俗言磯竹島多竹魚海鹿]
m. 此二島無人之地見高麗如自雲岐(ママ)望隱岐(ママ)
n. 然則日本之乾地以此州為限矣
私はこれを以下のように読み下しました。間違いなどに気付かれた方はご指摘ください。
なお、地名の読みガナはテキストにルビとして振られていたものです。
a. 隱州は北海中に在り。故に隱岐嶋と云ふ。
b. [按ずるに、倭訓に海中を遠幾と言ふが故に名づけたるか]
c. 其の巽(?)の地に在るを島前と言ふ。知夫(チフリ)郡、海部郡これに屬す。
d. 其の靈(震?)の地に位するを島後と言ふ。周吉(シキチ)郡、穩地(オチ)郡これに屬す。
e. 其の府は周吉郡南岸の西郷豊崎なり。
f. ここより南、雲州美穂關に至ること三十五里。
g. 辰巳、伯州赤崎浦に至ること四十里。
h. 未申、石州温泉津に至ること五十八里。
i. 子より卯に至るは徃くべき地無し。
j. 戊(戌)亥の間、行くこと二日一夜にして松島有り。
k. 又一日の程に竹島有り。
l. [俗に磯竹島と至ふ。竹魚海鹿多し]
m. 此の二島は人無きの地。高麗を見ること雲岐より隱岐を望むが如し。
n. 然れば則ち日本の乾の地、此の州を以って限りとす。
まずはテキストの内容についての疑問点を書きます。お分かりになる方、教えてください。
1.
> c. 其在巽地言島前也知夫郡海部郡屬焉
この「巽地」ですが、文字通りに「南東の地」と考えると、実際の地理に合いません。単純に「坤地」等の間違いと思ってしまって良いのでしょうか。
2.
> d. 其位靈地言島後周吉郡穩地郡屬焉
この「霊地」の意味が分かりません。文全体が c の部分と対になる表現をしていることから、方角を示すように思うのですが、「霊」にそのような意味は見つかりませんでした。ひとまず、「震」、つまり東の書き間違えと考えたのですが、問題でしょうか。
さて次に、先日ご教示いただいた「竹島、松島は隠州に含まれる」という説についての疑問点です。
3.
a 〜 e の部分で隠州がどこにあり、どんな島から成り立っているかが書かれています。竹島、松島が隠州に属するとした場合、この部分にその旨が書かれていないのは不思議な気がするのですが、どう解釈したら良いでしょうか。
上記、1,2の疑問点との関係で私が本文を正しく読めていない可能性もあります。何かお気付きの方はご指摘いただけると幸いです。
4.
fの「従是」は「隠州より」と考えるのが妥当ですよね。また g 〜 i の先頭にも「隠州より」が略されていると考えます。
この文脈で見る限り、次の j についても、「隠州より」が略されていると考えて良いように思います。
すると j は、「隠州より二日一夜行ったところに松島がある」となりますが、これは隠州と松島、竹島を別のものと考えていることにはならないでしょうか。
5.
隠州の各地については、巻二で島後周吉郡、巻三で島後穩地郡、巻四で島前知夫郡および海部郡の詳しい記述があります。もし竹島、松島が隠州に含まれるならば、同様に一節を設けて記述するのではないでしょうか。資源、産物について国代記の中に一言だけ、それも注釈のように書かれているというのは、他の地方に比べて非常に扱いが軽いです。単に竹島、松島についての情報が少ないのでこういう扱いになったと考えて良いのでしょうか。
どなたかお分かりになる方、よろしくお願いします。
続々類書群従 第九
編纂 国書刊行会
発行 株式会社続群書類従完成会
(昭和44年11月29日)
まだきちんと読んだのは国代記の始めのパラグラフだけですが、いくつか疑問があるので、識者の皆さんのご助力を賜りたく質問いたします。
私の読んだテキストには、国代記の冒頭が以下のように書かれていました。[ ]で囲んでいるのは、小さい字で注釈のように書かれた個所です。返り点も書かれていますが、煩雑になるので省略します。
a. 隱州在北海中故云隱岐嶋
b. [按、倭訓海中言遠幾故名歟]
c. 其在巽地言島前也知夫郡海部郡屬焉
d. 其位靈地言島後周吉郡穩地郡屬焉
e. 其府者周吉郡南岸西郷豊崎也
f. 從是南至雲州美穂關三十五里
g. 辰巳至伯州赤崎浦四十里h
h. 未申至石州温泉津五十八i里
i. 自子至卯無可徃地
j. 戊(ママ)亥間行二日一夜有松島
k. 又一日程有竹島
l. [俗言磯竹島多竹魚海鹿]
m. 此二島無人之地見高麗如自雲岐(ママ)望隱岐(ママ)
n. 然則日本之乾地以此州為限矣
私はこれを以下のように読み下しました。間違いなどに気付かれた方はご指摘ください。
なお、地名の読みガナはテキストにルビとして振られていたものです。
a. 隱州は北海中に在り。故に隱岐嶋と云ふ。
b. [按ずるに、倭訓に海中を遠幾と言ふが故に名づけたるか]
c. 其の巽(?)の地に在るを島前と言ふ。知夫(チフリ)郡、海部郡これに屬す。
d. 其の靈(震?)の地に位するを島後と言ふ。周吉(シキチ)郡、穩地(オチ)郡これに屬す。
e. 其の府は周吉郡南岸の西郷豊崎なり。
f. ここより南、雲州美穂關に至ること三十五里。
g. 辰巳、伯州赤崎浦に至ること四十里。
h. 未申、石州温泉津に至ること五十八里。
i. 子より卯に至るは徃くべき地無し。
j. 戊(戌)亥の間、行くこと二日一夜にして松島有り。
k. 又一日の程に竹島有り。
l. [俗に磯竹島と至ふ。竹魚海鹿多し]
m. 此の二島は人無きの地。高麗を見ること雲岐より隱岐を望むが如し。
n. 然れば則ち日本の乾の地、此の州を以って限りとす。
まずはテキストの内容についての疑問点を書きます。お分かりになる方、教えてください。
1.
> c. 其在巽地言島前也知夫郡海部郡屬焉
この「巽地」ですが、文字通りに「南東の地」と考えると、実際の地理に合いません。単純に「坤地」等の間違いと思ってしまって良いのでしょうか。
2.
> d. 其位靈地言島後周吉郡穩地郡屬焉
この「霊地」の意味が分かりません。文全体が c の部分と対になる表現をしていることから、方角を示すように思うのですが、「霊」にそのような意味は見つかりませんでした。ひとまず、「震」、つまり東の書き間違えと考えたのですが、問題でしょうか。
さて次に、先日ご教示いただいた「竹島、松島は隠州に含まれる」という説についての疑問点です。
3.
a 〜 e の部分で隠州がどこにあり、どんな島から成り立っているかが書かれています。竹島、松島が隠州に属するとした場合、この部分にその旨が書かれていないのは不思議な気がするのですが、どう解釈したら良いでしょうか。
上記、1,2の疑問点との関係で私が本文を正しく読めていない可能性もあります。何かお気付きの方はご指摘いただけると幸いです。
4.
fの「従是」は「隠州より」と考えるのが妥当ですよね。また g 〜 i の先頭にも「隠州より」が略されていると考えます。
この文脈で見る限り、次の j についても、「隠州より」が略されていると考えて良いように思います。
すると j は、「隠州より二日一夜行ったところに松島がある」となりますが、これは隠州と松島、竹島を別のものと考えていることにはならないでしょうか。
5.
隠州の各地については、巻二で島後周吉郡、巻三で島後穩地郡、巻四で島前知夫郡および海部郡の詳しい記述があります。もし竹島、松島が隠州に含まれるならば、同様に一節を設けて記述するのではないでしょうか。資源、産物について国代記の中に一言だけ、それも注釈のように書かれているというのは、他の地方に比べて非常に扱いが軽いです。単に竹島、松島についての情報が少ないのでこういう扱いになったと考えて良いのでしょうか。
どなたかお分かりになる方、よろしくお願いします。
これは メッセージ 9254 (VIVA_VIVA_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9311.html