>『隠州視聴合記』と『大日本史』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/05/06 07:39 投稿番号: [9298 / 18519]
半月城さん、詳しい解説をありがとうございます。
半月城通信の竹島問題関連記事は大体読ませていただいております。
○「官より朱印を賜り」について
これは確かに重要な問題で、少なくとも私が #9245 に述べたような意味で「疑いようもなく明瞭に斉藤豊仙が鬱陵島を日本領とみなしていた」と言えるためには、これについての明解な説明が必要だと思っています。
ただ、一方でこれが鬱陵島を外国とみなしていた証拠になるかどうかについて、私はまだ判断できません。それは私に知識が無く、斉藤豊仙の時代、立場において「朱印」という言葉がどのように認識されていたかを知らないからです。
素人の勝手な空想になりますが、実は竹島渡海免許にも赤い判子が押されていたために斉藤豊仙はそれを「朱印」と表現したまでで、日本史上の「朱印」という用語とは関係ないということがあるかもしれません。その辺りをどなたか専門家の解説で確認できるまでは私の中ではこの問題はあくまで「日本領とは言い切れない証拠」の一つに留まります。
○大日本史の記述について
大日本史が示唆するのは、あくまで「鬱陵島が隠岐に属するかどうか」については隠州視聴合記から判断できなかったことではないでしょうか。もしも、鬱陵島が日本領であるかについて、隠州視聴合記と隠岐古記、隠岐紀行の記述が対立すると判断しているならば、もう少し違った書き方になったのではないかという気がします。もっとも、素人の感覚に過ぎないので、そうだと断言する根拠もありません。
以上、何かコメントがありましたら、お教えいただくと幸いです。
これは メッセージ 9293 (hangetsujoh さん)への返信です.
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