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1693 朝鮮漁民 安龍福 その2

投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/05/04 12:03 投稿番号: [9264 / 18519]
転写

安龍福密航事件 in 1696
では話を元に戻します。対馬藩を通じての外交の結果、1696年1月28日、江戸幕府は鳥取藩主に対し、鬱陵島への渡海を禁止した。この決定に対し鳥取藩は即日幕命に服し、同日付で「向後、竹島渡海制禁仰出之旨、御紙にて領承其意候」という請書を、幕府に提出した。これで一件落着したかのように思えたが、歴史はそうはうまく進まなかった。対馬藩が、その鬱陵島への渡海を制禁した江戸幕府の決定を朝鮮側に伝えたのは、更に後れて翌春になった。その間に、あの3年前の領海侵犯の罪で連行された朝鮮漁民・安龍福が、今度は隠岐島及び鳥取藩に密航して来たのです。1696年5月末、江戸幕府が鬱陵島への渡海を禁じた4ヵ月後、対馬藩から朝鮮の通訳官に幕府の方針が伝えられる5ヶ月前のことです。この密航で問題がこじれることになる。この安龍福の行動は1728年に編纂された書物『粛宗実録』に書かれている。なお、韓国は、「幕府の鬱陵島への渡海禁止には、同島の付属島である獨島も含まれる」と主張しているが、それは現在の韓国側の概念であって、この渡海禁止令には松島の文字は無い。
粛宗実録   巻三〇   二十二年九月戊寅
備辺司、推問安龍福等、龍福以為、渠本居東莱、為省母至蔚山、適逢僧雷憲等、備説頃年往来欝陵島事、且言本島海物之豊富、雷憲等心利之、遂同乗船、與寧海蒿工劉日夫等、倶発到本島、主山三峰高於三角、自南至北、為二日程、自東至西亦然、山多雑木、鷹鳥猫倭船亦来泊、船人皆恐、渠倡言欝島本我境、倭人何敢越境侵犯、汝等可共縛之、仍進船頭大喝、倭言吾等本住松島、偶因漁採出来、今当還往本所、松島即子山島、此亦我國地、汝敢住此耶、遂拾良翌暁沱舟入子山島、倭等方列釜煮魚膏、渠以杖撞破、大言叱之、倭等収聚載船、挙帆回去、渠仍乗船追趁、埣偶狂飆漂到玉隠岐、島主問入来之故、渠言頃年吾入来此処、以鬱陵子山島等、定以朝鮮地界、至有関白書契、而本国不有定式、今又侵犯我境、是何道理云、爾則謂当転報伯耆州、而久不聞消息、渠不勝憤椀、乗船直向伯耆州、仮称欝陵子山兩島監税将、使人通告、本島送人馬迎之、渠服青帖裏、着黒布笠、穿及鞋、乗轎、諸人並乗馬、進往本州、渠興島主、対坐廳上、諸人並下坐中階、島主問何以入来、答曰、前日以兩島事、受出書契、不啻明白、而対馬島主、奪取書契、中間偽造、数遣差倭、非法横侵、吾将上疏関白、歴陳罪状、島主許之、遂使李仁成、構疏呈納、島主之父、来懇伯耆州曰、若登此疏、吾子必重得罪死、請勿捧入、故不得禀定於関白、而前日犯境倭十五人、摘発行罰、仍謂渠曰、兩島既属爾国之後、或有更為犯越者、島主如或横侵、並作国書、定譯官入送、則当為重処、仍給糧、定差倭護送、渠以帯去有幣、辞之云雷憲等諸人供辞略同、備辺司啓請、姑待後日、登対禀処、允之。

翻訳
備辺司(現在の国防省に相当)の取り調べに安龍福はこう答えた。彼は母を見に蔚山に行き、たまたまそこで会った僧の雷憲らと鬱陵島の話をし、鬱陵島には豊かな海産物があると告げられると、雷憲らは心を動かされ、行ってみることになった。鬱陵島に着くと倭船もまた多く来泊しており、仲間は皆恐れた。だが安龍福が倭人に向かい「鬱陵島は我が境域である。どうして越境侵犯するのか、縛り上げてしまうぞ」と、船の舳先に立って大喝すると、倭人はこう答えた。「吾が輩は本、松島に住んでおり、たまたま漁採の為に来ただけだ。今、丁度戻ろうとするところだ」。そこで安龍福は、「松島は即ち于山島だ。これもまた我が国だ、どうして住めるのだ」と言った。更に翌日の暁、舟を漕いで于山島に入ると、倭人達はまさに大釜を並べて魚を煮ているところだった。安龍福は杖でそれらを撞(つ)き破り、大いに叱りつけると、倭人達は釜を拾い船に乗せ、帆を上げて去ってしまった。安龍福は船に乗って追いかけたが途中で狂風に遭遇し、隠岐島に漂到した。隠岐島では島主が何故来たのか聞くので、「先年ここに来た折、鬱陵島、于山島を以って朝鮮の他界と定めた関白の書き付けがあるが、ここでは徹底していないようだ。今また我が境を侵犯したがこれはどういう訳だ。伯耆の国にも伝えてもらいたい」と言ったが、久しく何の返答もなかった。伯耆の島主はそれを許したので、李仁成に上疏文(じょうそぶん)を書かせたが、対馬藩主の父親がやって来て「もしこの訴状が幕府に上れば、息子の死罪は免れない。どうか止めてもらいたい」と頼むので、遂にそれは沙汰止(さたや)みとなった。そのかわり前日越境した15人は、処罰された。伯耆の島主は更に「既に欝陵・于山両島が朝鮮に属した後は、領域を犯す者や対馬藩が専横な事をすれば国書を作り、通訳官を通して送って寄越せば、重き処罰を与えてやろう。ついては帰国に際しては護送し、食料も与えてやろう」と語った。しかし、安龍福はそれを辞退した。
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