>「明治の竹島=独島放棄問題」
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/01/25 15:24 投稿番号: [872 / 18519]
>結果として、外一島は現在の獨島(竹島)であり、(一時にせよ?)日本
>政府は本邦と関係無しと判断し、その結果として島根県の地籍には編
>入されなかったと結論づけて、差し支えないと思います。
半月城さんに紹介頂いた下記経緯が,僕には最もしっくりきます.
>以上要するに、島根県は“竹島(鬱陵島)”について内務省から照会を受け、県としては地籍を編纂する方向で「竹島外一島」の地籍編纂方
>伺いを提出し、内務省は“竹島”(鬱陵島)をめぐる元禄の記録に基づいて「竹島は本邦無関係」であると考え、右大臣は「竹島外一島」が本邦
>無関係と指示した。
つまり,島根県は鬱陵島について照会を受けた際,「竹島も含めて
地籍を編纂したい」と返事し,それに対して内務省は「鬱陵島は本邦
無関係」と判断を下し,これを受けて右大臣は「竹島外一島が本邦
無関係」と指示した.「外一島」が竹島を指すと認識していたのは
島根県だけで,少なくとも右大臣にはそのようは意識は無かったが,
上記の経緯の結果,「形式的には、松島(今日の竹島)もまた「本邦
無関係」 とされることになった」ということでしょう.
僕は上記の見解に異論ありません.
「形式的には」という表現が精一杯,というアホ一師匠の見解にも
賛成です.
これは メッセージ 861 (banjogbari さん)への返信です.
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