下條正男氏への批判、安龍福の于山島像1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/04/17 16:02 投稿番号: [8650 / 18519]
半月城です。
最近は竹島=独島問題に関する問い合わせが数多く寄せられており、そのすべてに答えるのはなかなかむずかしい状態です。そのため、****さんの質問には重要な下記の一点のみ回答することにしますのでご了承ください。
○安龍福と松島へ向かう倭人
たしかに、田中邦貴氏はホームページ「竹島問題」の「安龍福密航事件 in 1696」で「(韓国政府は)竹島は人が住めない島であることが分かっているので、辻褄を合わせる為に、故意に資料を捏造解釈したのである」と、毒々しく記しているようです。
はたしてそうでしょうか? 上記の「捏造解釈」呼ばわりが、史料の検証をきちんとおこなったうえでの結論なら聞くべきものがありますが、それにはほど遠いようです。その理由を以下で明らかにしたいと思います。
韓国で「独島の英雄」とされる安龍福ですが、かれの抗議行動について、私は『増補文献備考』を引用してこう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
憤慨した安龍福は蔚山の海辺に行った。そこの商僧、雷憲は船を持ってい
た。龍福はかれを誘った。鬱陵島は海菜が多いので、そこへ行く道を案内した
いと言った。僧は快くこれに従った。
(1696年)ついに帆をあげ3昼夜航海して鬱陵島に停泊した。そこへ倭船が
東からやって来た。それを見た龍福はかれらを縛ろうといったが、船乗りたち
は恐れてしりごみした。
龍福はひとり前に出て怒り、なぜわが境域を犯すのかと倭人をののしった。
倭人がいうには、かれらはもとより松島に向かうところで、ちょうど帰るとこ
ろだということだった。さらに龍福は倭人を追って松島に至り「松島はすなわ
ち芋山島である。お前たちは、芋山島もまた我が境域であることを聞いていな
いのか」と叱り、棒でその釜を砕いた(注1)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この最後の部分について田中邦貴氏は『粛宗実録』を引いてHPにこう記しました。
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安龍福が倭人に向かい「鬱陵島は我が境域である。どうして越境侵犯するのか、縛り上げてしまうぞ」と、船の舳先に立って大喝すると、倭人はこう答えた。「吾が輩は本、松島に住んでおり、たまたま漁採の為に来ただけだ。今、丁度戻ろうとするところだ」。そこで安龍福は、「松島は即ち于山島だ。これもまた我が国だ、どうして住めるのだ」と言った。
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田中氏が「于山島」と訳したところは原文では「子山島」になっています。さらに私が引用した『増補文献備考』では「芋山島」になっています。
これら「子山島」や「芋山島」は明らかに「于山島」の誤記と思われますが、古文書ではこのような誤字や誤記は宿命です。そのため、古文書を解読する際は、まず誤字や誤記がないのかどうかを検証するのが鉄則です。さもないと、的はずれな結論をだしかねません。
(つづく)
最近は竹島=独島問題に関する問い合わせが数多く寄せられており、そのすべてに答えるのはなかなかむずかしい状態です。そのため、****さんの質問には重要な下記の一点のみ回答することにしますのでご了承ください。
○安龍福と松島へ向かう倭人
たしかに、田中邦貴氏はホームページ「竹島問題」の「安龍福密航事件 in 1696」で「(韓国政府は)竹島は人が住めない島であることが分かっているので、辻褄を合わせる為に、故意に資料を捏造解釈したのである」と、毒々しく記しているようです。
はたしてそうでしょうか? 上記の「捏造解釈」呼ばわりが、史料の検証をきちんとおこなったうえでの結論なら聞くべきものがありますが、それにはほど遠いようです。その理由を以下で明らかにしたいと思います。
韓国で「独島の英雄」とされる安龍福ですが、かれの抗議行動について、私は『増補文献備考』を引用してこう記しました。
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憤慨した安龍福は蔚山の海辺に行った。そこの商僧、雷憲は船を持ってい
た。龍福はかれを誘った。鬱陵島は海菜が多いので、そこへ行く道を案内した
いと言った。僧は快くこれに従った。
(1696年)ついに帆をあげ3昼夜航海して鬱陵島に停泊した。そこへ倭船が
東からやって来た。それを見た龍福はかれらを縛ろうといったが、船乗りたち
は恐れてしりごみした。
龍福はひとり前に出て怒り、なぜわが境域を犯すのかと倭人をののしった。
倭人がいうには、かれらはもとより松島に向かうところで、ちょうど帰るとこ
ろだということだった。さらに龍福は倭人を追って松島に至り「松島はすなわ
ち芋山島である。お前たちは、芋山島もまた我が境域であることを聞いていな
いのか」と叱り、棒でその釜を砕いた(注1)。
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この最後の部分について田中邦貴氏は『粛宗実録』を引いてHPにこう記しました。
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安龍福が倭人に向かい「鬱陵島は我が境域である。どうして越境侵犯するのか、縛り上げてしまうぞ」と、船の舳先に立って大喝すると、倭人はこう答えた。「吾が輩は本、松島に住んでおり、たまたま漁採の為に来ただけだ。今、丁度戻ろうとするところだ」。そこで安龍福は、「松島は即ち于山島だ。これもまた我が国だ、どうして住めるのだ」と言った。
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田中氏が「于山島」と訳したところは原文では「子山島」になっています。さらに私が引用した『増補文献備考』では「芋山島」になっています。
これら「子山島」や「芋山島」は明らかに「于山島」の誤記と思われますが、古文書ではこのような誤字や誤記は宿命です。そのため、古文書を解読する際は、まず誤字や誤記がないのかどうかを検証するのが鉄則です。さもないと、的はずれな結論をだしかねません。
(つづく)
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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