竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する4
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/04/10 19:53 投稿番号: [8507 / 18519]
櫻井よしこ氏は、幕府が鬱陵島を放棄した真の理由を勉強していないようです。同氏はその理由を「刀の鑑」にしてしまいましたが、実は幕府の決定に影響を与えたのは、幕府に対する鳥取藩の回答でした。
これについては、前回の書き込み<週刊新潮の竹島=独島記事を批判する>に書きましたが、重要な論点なので、内藤正中氏の論文をもう一度引用することにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さらに幕府の決定に重大な影響を与えたと思われる鳥取藩の1695年(元禄8)12月25
日付の文書がある。これは、前日の24日に幕府老中 阿部豊後守からの質問に対する鳥取
藩の回答書である。
幕府から鳥取藩への質問は7か条で、その第1に「因州 伯州え付候 竹島はいつの此
より両国の附属候哉、先祖領地 被下候以前よりの儀 候哉」とあり、幕府としては、竹島
が因幡 伯耆を支配する池田藩に所属する島と考えていたことがわかる。したがって、い
つから因伯の領地になったかと問いかけるのである。
これに対する鳥取藩の回答は、「竹島は因幡 伯耆附属には無御座候」であった。
さらに第7項には、「竹島の外 両国え附属の島 有之候哉、並是又 漁採に両国の者
参候哉」との質問がある。これに対する鳥取藩の回答では、「竹島 松島其外 両国之附属
の島 無御座候事」と、竹島とともに松島についても、因伯両国に附属するものでないこ
とを明言した(注6)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
竹島、松島が鳥取藩の領地でなく、天領でなければ日本の領土ではありません。江戸時代「領主なき土地はないのが封建社会の原則」なので、そうした土地は異国の地になります。この原則にしたがい、幕府は竹島を放棄し、その旨を対馬藩を通じて朝鮮へ伝えて「竹島一件」は落着しました。
櫻井氏は「結果として鬱陵島は朝鮮領となった。しかしその時でさえも竹島は明白に日本の領土であり続けたのだ」と記しましたが、そのような事実はありません。うえに述べたように、松島(竹島=独島)も因幡・伯耆両国に附属する土地ではなく、やはり異国の地でした。
そもそも、幕府は「竹島の外 両国へ附属の島」があるのかどうかと鳥取藩にたずねており、松島(竹島=独島)の存在自体をよく知らなかったようです。ましてや竹島(鬱陵島)以上に領有意識はありませんでした。したがって「竹島は明白に日本の領土であり続けた」というのは、櫻井氏の明らかな誤りです。
この後、話は近代になりますので、稿を改めることにします。
(注1)申景濬『増補文献備考』巻之三十一「輿地考十九」蔚珍古縣浦条
「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」
(注2)半月城通信<『世宗実録 地理志』と于山島>
http://www.han.org/a/half-moon/hm093.html#No.679
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000,P106
(注4)塚本孝「竹島領有権問題の経緯」『調査と情報』第289号、国立国会図書館,1996
(注5)半月城通信<週刊新潮の竹島=独島記事を批判する>
http://www.han.org/a/half-moon/hm109.html#No.796
(注6)内藤正中「竹島(独島)問題の問題点」『北東アジア文化研究』第20号,2004,P7、
鳥取短期大学発行
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これについては、前回の書き込み<週刊新潮の竹島=独島記事を批判する>に書きましたが、重要な論点なので、内藤正中氏の論文をもう一度引用することにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さらに幕府の決定に重大な影響を与えたと思われる鳥取藩の1695年(元禄8)12月25
日付の文書がある。これは、前日の24日に幕府老中 阿部豊後守からの質問に対する鳥取
藩の回答書である。
幕府から鳥取藩への質問は7か条で、その第1に「因州 伯州え付候 竹島はいつの此
より両国の附属候哉、先祖領地 被下候以前よりの儀 候哉」とあり、幕府としては、竹島
が因幡 伯耆を支配する池田藩に所属する島と考えていたことがわかる。したがって、い
つから因伯の領地になったかと問いかけるのである。
これに対する鳥取藩の回答は、「竹島は因幡 伯耆附属には無御座候」であった。
さらに第7項には、「竹島の外 両国え附属の島 有之候哉、並是又 漁採に両国の者
参候哉」との質問がある。これに対する鳥取藩の回答では、「竹島 松島其外 両国之附属
の島 無御座候事」と、竹島とともに松島についても、因伯両国に附属するものでないこ
とを明言した(注6)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
竹島、松島が鳥取藩の領地でなく、天領でなければ日本の領土ではありません。江戸時代「領主なき土地はないのが封建社会の原則」なので、そうした土地は異国の地になります。この原則にしたがい、幕府は竹島を放棄し、その旨を対馬藩を通じて朝鮮へ伝えて「竹島一件」は落着しました。
櫻井氏は「結果として鬱陵島は朝鮮領となった。しかしその時でさえも竹島は明白に日本の領土であり続けたのだ」と記しましたが、そのような事実はありません。うえに述べたように、松島(竹島=独島)も因幡・伯耆両国に附属する土地ではなく、やはり異国の地でした。
そもそも、幕府は「竹島の外 両国へ附属の島」があるのかどうかと鳥取藩にたずねており、松島(竹島=独島)の存在自体をよく知らなかったようです。ましてや竹島(鬱陵島)以上に領有意識はありませんでした。したがって「竹島は明白に日本の領土であり続けた」というのは、櫻井氏の明らかな誤りです。
この後、話は近代になりますので、稿を改めることにします。
(注1)申景濬『増補文献備考』巻之三十一「輿地考十九」蔚珍古縣浦条
「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」
(注2)半月城通信<『世宗実録 地理志』と于山島>
http://www.han.org/a/half-moon/hm093.html#No.679
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000,P106
(注4)塚本孝「竹島領有権問題の経緯」『調査と情報』第289号、国立国会図書館,1996
(注5)半月城通信<週刊新潮の竹島=独島記事を批判する>
http://www.han.org/a/half-moon/hm109.html#No.796
(注6)内藤正中「竹島(独島)問題の問題点」『北東アジア文化研究』第20号,2004,P7、
鳥取短期大学発行
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 8506 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/8507.html