>大元の資料を見ないと
投稿者: banjogbari 投稿日時: 2003/01/17 20:47 投稿番号: [783 / 18519]
下條教授説では、申景濬をさんざんにこき下ろしていますが、結論としては、「『輿地志』(1656)を根拠にすることは出来ない」と言うことですから、妥当な線と思います。
『輿地志』は現存していませんし、勿論安福龍事件の前に書かれたものですから、「于山は倭の所謂松島なり」と言う観点が事件以降に発生したものとすれば、『輿地志』に書かれていなかったのではないかと言う疑念を挟む余地はあるでしょうね。
>最低限確かなこととして、安龍福事件以降「所謂倭の松島は于山島である」と云う領有意識が確立しているとは云えるのだろうと
その意味で、申景濬(この人は実学派と呼ばれる有名な国学者です)が1756年に表した『疆界考』や、それを底本にしたと言われる『東国文献備考』(1770:現存せず)は事件後に書かれたものですから、あながち間違いとも言えないのではないでしょうか。
下條説でも『疆界考』や『東国文献備考』を根拠に出来ないとまでは主張していませんね。
http://ww1.enjoy.ne.jp/~koukokutenbo/takesima_monndai.htm
これは メッセージ 782 (tinopure さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/783.html