>>スルメ
投稿者: seonsaeng 投稿日時: 2004/12/16 06:47 投稿番号: [6463 / 18519]
1890年(明治23年)の第3回内国勧業博覧会において隠岐スルメが一等表彰を受けている事から考えると、1893年(明治26年)当時は「常に耕作を専業とし、漁業は絶えて従事するものなく、まったく知らざるものの如し(2月18日、山陰新聞)」であった鬱稜島朝鮮人がスルメの加工技術を持っていたとは考えられないですね。
スルメは、その鮮度によって「前浜もの」と「「運びもの」に区分されますが、鬱稜島で加工された「前浜もの」は当初は通いで来島していた隠岐島人に手によって加工され、後に、隠岐島人から加工技術・和包丁を授けられた鬱稜島の下請け朝鮮人によって加工されたとは考えられます。
朝鮮人に対する工賃は、米で支払われたと。
これは メッセージ 6429 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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