>するめ
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/12/15 09:36 投稿番号: [6429 / 18519]
>奥原碧雲の資料を無視するのはどうしてでしょうか。内藤正中に引用されている断片しか知りませんが、奥原碧雲の記述は古田敬市氏の記述とも必ずしも矛盾しないようにも見えます。
当時の奥原碧雲の資料によれば、明治38年には農業の傍ら漁業に携わる者が40人いるとなっていますが、古田敬市氏の記述によれば明治36年以降入植者が増えたとの趣旨ですが、慶尚南道庁の資料では44年には内地人漁業従事者はゼロです。
資料の信憑性としては、奥原碧雲の資料は同時代のものでもあり、特に疑うべき根拠はありませんね。
ここからは推測ですが、出身地は不明ですが鬱陵島の内地人はスルメ漁には携わらなくても、或いはその加工には携わっていたかもしれません。
つまり、韓国人の船からスルメイカを買って、それを農業の傍ら干物にして売るようなことはしていたのでしょう。
これは メッセージ 6425 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/6429.html