明治36年の饒産
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/12/14 23:08 投稿番号: [6423 / 18519]
現在の処、これを裏付ける資料は確認できていません。
しかし、この時期の島根県のイカについては、その産地を「外海」としている資料もあるので、或いは通漁者が鬱陵島付近に出漁して捕獲したものも含まれるかもしれません。
しかしそれらのイカは全て島根県に持ち帰り直接水揚げしたものと思われます。
鬱陵島のスルメイカ漁については、資料で確認できたのは1911年頃までは専ら朝鮮人漁業従事者によって営まれて居たという事実であって、当時の30隻90人程度ではスルメイカの主産地とは見なされていませんでした。
また、鬱陵島に漁業従事者として最初に入植が確認できるのは、現在の処大正4年の大分県人40人ですが、隠岐島民が漁業従事者として入植したとしてもそれ以降のことになると思われます。
何れにしましても古田敬市「朝鮮水産開発史」1954年の記述を裏付ける記録は確認できませんし、むしろその記述に反する記録しか出てきておりませんので、恐らくは何らかの混同や思い違いによるものではないかと思います。
これは メッセージ 6420 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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