竹島

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獨島問答Q76-7,沈興澤の報告

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/05/02 19:15 投稿番号: [4434 / 18519]
   愼𨉷廈教授の「獨島問題 百問百答」

Q76.(沈興澤の報告)
   鬱島郡守の沈興澤は、1906年3月28日に鬱島郡庁を訪問した日本の島根県 隠岐島司一行から「獨島」を日本へ「領土編入」したという情報を聞いた時、どう対応したのか?

ANS.鬱島郡守の沈興澤はその話を聞くや非常に驚き、かれらが去った翌日の1906年3月29日(陰暦3月5日)直属の上官である江原道観察使に緊急報告をおこなった。
   沈興澤の報告に注目すべきは「本郡所属の獨島が本部外洋百余里にあるが・・・」として、獨島が自分の統治郡(本郡)である「鬱島郡」の所属であることを明確に明らかにして抗議している事実である。
   沈興澤は、つぎに日本人の官吏一行が自分の官舎を訪れ「自ら云うには、獨島が今や日本の領地になったので視察のついでに来島した」として「自云」という表現を使い、かれらが「獨島が今や日本領になった」と云々したのは、日本側の一方的な「強弁」であるという意味を込めて、かれが承服していないことを明確に表現した。

Q77.(江原道観察使)
   江原道観察使は鬱島郡守である沈興澤の報告を聞いてどのような反応をみせたか?

ANS.当時、江原道観察使は空席であり、春川郡守の李明来が江原道観察使を兼職していたが、かれは自分の直属上官である内部大臣と議政府の参政大臣に沈興澤の報告を論評なしに忠実に筆写した報告書を作成して提出した。
   当時は江原道観察使が空席であり、観察使署理を兼務した春川郡守に報告書が到達するのに時間がかかったのか、李明来が内部大臣と議政府の参政大臣に報告書を提出した日付は、1か月が過ぎた1906年4月29日であった。
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