獨島問答 Q64-65
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/03/14 11:03 投稿番号: [3837 / 18519]
愼𨉷廈教授の「獨島問題 100問100答」
Q64.(「領土編入」の目的)
獨島が韓国の固有領土であるだけでなく、近代に入っても1900年に大韓帝国が近代国際公法の体系下で鬱島郡に属した領土であることを再確認する勅令第41号を「官報」に公表した。しかるに日本はなぜ獨島を侵奪し、いわゆる「領土編入」をしようとしたのか? 日本が獨島を侵奪し「領土編入」を企図した背景には特別な目的があったのか?
ANS.日帝の「露・日戦争」挑発と関連がある。日本の帝国主義者たちは「征韓」を実現するための大作業として、韓半島に入ってきたロシア勢力を排除するため 1904年2月28日、仁川港と麗水に停泊していたロシア軍艦二隻を先制奇襲攻撃で撃沈し、二日後の2月10日、ロシアに宣戦布告し、露・日戦争を挑発した。
日帝はこれと同時に大規模な日本軍を韓国政府の同意なしに韓半島に上陸させ、ソウルに侵入し、大韓帝国の首都であるソウルを軍事占領した。日帝は 1904年2月23日、大韓帝国政府を脅迫し「第1次韓・日議定書」を強制調印した。
6か条からなるこの協定では、日本軍が露・日戦争期間中に韓国の土地を一時収容し、軍用地として使用することを強要した。
日本海軍は、1904年2月8日の先制奇襲攻撃ではロシア軍艦四隻を撃沈して機先を制したが、ロシアのウラジオストック艦隊が南下して1904年6月15日、対馬海峡で日本軍艦二隻を撃沈するやロシア側が東海で機先を制した。
すると日本海軍はあわててあらゆる軍艦に無線電信を設置し、同時にロシア艦隊の動態を監視するため韓国東海岸の鬱珍郡竹辺をはじめ20か所に海軍の望楼監視塔を設置した。そのうち2か所は鬱陵島に、1か所は「獨島」に海軍の望楼を建てる計画が推進された。
従来、価値がなく岩島とみなされた獨島が露・日戦争のおかげで軍事上きわめて重要な島として浮上したのである。日本海軍は獨島に海軍の望楼を建てながら獨島周辺に海底電線をひいて韓半島北部−鬱陵島−獨島−日本本土を連結する電線網架設作業を積極的に進行した。
このとき、日本の漁業家である中井養三郎という者が獨島にアシカ猟独占権を韓国政府に請願しようと交渉活動を始めるや、この機会に軍事戦略上の価値が高まった「獨島」を必ずや日本領土に奪取し、ここに海軍の望楼を設置しようとする工作が日本の海軍省と外務省を中心に展開された。
コメント:<竹島=独島の軍事的価値>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.6984
Q65.(中井養三郎)
中井養三郎はどんな人であり、どんな目的で「獨島」の漁業独占権を持とうとしたのか?
ANS.中井は学校の教育も受け、1890年から外国領海にでかけて潜水器漁業に従事した企業的漁業家であった。1891-1892年にはロシア領付近で潜水器を使用したアシカ猟の漁業に従事し、1893年には朝鮮の慶尚道・全羅道沿岸でやはり潜水器を使用したアシカ、魚獲りの漁業に従事した。
1903年、中井は獨島でアシカ猟をしたが、収益がとても大きいことを他の日本漁夫も知って競争で乱獲になることを防止し、収益を独占するため獨島の所有者である大韓帝国政府に漁業独占権を利権として獲得すべく東京へ行った。
その理由は、獨島が韓国領であり、韓国政府と直接交渉をする能力がなかったので日本政府の斡旋により韓国政府に獨島の漁業独占権を請願するためであった。
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
Q64.(「領土編入」の目的)
獨島が韓国の固有領土であるだけでなく、近代に入っても1900年に大韓帝国が近代国際公法の体系下で鬱島郡に属した領土であることを再確認する勅令第41号を「官報」に公表した。しかるに日本はなぜ獨島を侵奪し、いわゆる「領土編入」をしようとしたのか? 日本が獨島を侵奪し「領土編入」を企図した背景には特別な目的があったのか?
ANS.日帝の「露・日戦争」挑発と関連がある。日本の帝国主義者たちは「征韓」を実現するための大作業として、韓半島に入ってきたロシア勢力を排除するため 1904年2月28日、仁川港と麗水に停泊していたロシア軍艦二隻を先制奇襲攻撃で撃沈し、二日後の2月10日、ロシアに宣戦布告し、露・日戦争を挑発した。
日帝はこれと同時に大規模な日本軍を韓国政府の同意なしに韓半島に上陸させ、ソウルに侵入し、大韓帝国の首都であるソウルを軍事占領した。日帝は 1904年2月23日、大韓帝国政府を脅迫し「第1次韓・日議定書」を強制調印した。
6か条からなるこの協定では、日本軍が露・日戦争期間中に韓国の土地を一時収容し、軍用地として使用することを強要した。
日本海軍は、1904年2月8日の先制奇襲攻撃ではロシア軍艦四隻を撃沈して機先を制したが、ロシアのウラジオストック艦隊が南下して1904年6月15日、対馬海峡で日本軍艦二隻を撃沈するやロシア側が東海で機先を制した。
すると日本海軍はあわててあらゆる軍艦に無線電信を設置し、同時にロシア艦隊の動態を監視するため韓国東海岸の鬱珍郡竹辺をはじめ20か所に海軍の望楼監視塔を設置した。そのうち2か所は鬱陵島に、1か所は「獨島」に海軍の望楼を建てる計画が推進された。
従来、価値がなく岩島とみなされた獨島が露・日戦争のおかげで軍事上きわめて重要な島として浮上したのである。日本海軍は獨島に海軍の望楼を建てながら獨島周辺に海底電線をひいて韓半島北部−鬱陵島−獨島−日本本土を連結する電線網架設作業を積極的に進行した。
このとき、日本の漁業家である中井養三郎という者が獨島にアシカ猟独占権を韓国政府に請願しようと交渉活動を始めるや、この機会に軍事戦略上の価値が高まった「獨島」を必ずや日本領土に奪取し、ここに海軍の望楼を設置しようとする工作が日本の海軍省と外務省を中心に展開された。
コメント:<竹島=独島の軍事的価値>
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.6984
Q65.(中井養三郎)
中井養三郎はどんな人であり、どんな目的で「獨島」の漁業独占権を持とうとしたのか?
ANS.中井は学校の教育も受け、1890年から外国領海にでかけて潜水器漁業に従事した企業的漁業家であった。1891-1892年にはロシア領付近で潜水器を使用したアシカ猟の漁業に従事し、1893年には朝鮮の慶尚道・全羅道沿岸でやはり潜水器を使用したアシカ、魚獲りの漁業に従事した。
1903年、中井は獨島でアシカ猟をしたが、収益がとても大きいことを他の日本漁夫も知って競争で乱獲になることを防止し、収益を独占するため獨島の所有者である大韓帝国政府に漁業独占権を利権として獲得すべく東京へ行った。
その理由は、獨島が韓国領であり、韓国政府と直接交渉をする能力がなかったので日本政府の斡旋により韓国政府に獨島の漁業独占権を請願するためであった。
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 3796 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/3837.html