続き
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2004/01/19 12:18 投稿番号: [3169 / 18519]
>現代の知識から当時の資料を見るのではなく、島を見失っていた情況を想像しながら考えればいいでしょう。くり返しますが、内務省・太政官は竹島・松島を日本の版図外としたと私は考えます。それは地籍を原則論・歴史的観点から判断したものです。しかし地理的な把握は正確には伴っていなかったと私は申し上げてきました。それにより周辺のことが整合的に理解できるという話であり、「幻の資料」などの問題ではありません。
整合的に理解するために当時の状況を推測するならば、明治初頭の新政府は版図の拡大に積極的でした。小笠原領有、琉球処分、北海道開拓使、樺太開拓使と云った一連の行動は同時期のものです。
しかし新政府の積極的な領土拡張政策に反して、この時期にリャンコ島を領有しなかった事から見ても、当時の状況から隠岐の沖合にある島々は一括して放棄したと整合的に理解できます。
これは メッセージ 3153 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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