竹島=独島での銃撃事件2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/07/06 22:37 投稿番号: [2147 / 18519]
日本の「挑発」は韓国をいたく刺激しました。それまで韓国は竹島=独島にさして関心がなかったのか、韓国の独立後も竹島=独島にはアメリカの国旗が立っていたくらいでした。それを日本の官憲が持ち去り、日本の境界標を立て、さらに慰霊碑までも破壊するや、韓国側の怒りは極点に達しました。竹島=独島を管轄する慶尚北道議会は下記のように強硬な対日建議書を決議しました。
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建議書
一.要旨
獨島は韓国の領土であることを内外に宣布し、日本の侵略行為に対し強力な措置を取るよう建議する。
二.理由
去る6月25日および27、28日の三回にわたり猥濫にも米国旗を盗取しながら、獨島に侵入し漁撈作業中であった韓国人を逐出し「はなはだしくは韓国の領土標識と慰霊碑を破壊し」、かれらの掲示板を埋立した日本人の野蛮な行為は韓国を無視した態度であり、同時に往時の侵略根性の再開始を暴露した野欲であると考えるほかないので、本議会はわが領土を守護する理念で標記要旨の断固とした措置があるよう建議する次第である。
右、建議する。
檀紀4286年(1953)7月10日
慶尚北道議会
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1947年の SCAPIN-677,1033以来、竹島=独島は恒久決定ではないにせよ国際的に韓国領と認識され、韓国漁船だけが平穏無事に漁労をしていたのですが、そこへ日本の官憲が突然やって来て勝手に日本領の標識を立て、韓国漁民を追い出すために拳銃で威嚇したとなると、韓国民の目には日本の再侵略とうつるのも無理はありません。
憤激した韓国は、自国の領海を侵犯する日本船に断固たる措置も辞さない覚悟で武装警官を竹島=独島へ派遣しました。そこへ日本の巡視船がやって来ました。銃撃事件は起こるべくして起きました。その事件を川上健三氏はこう記しました。
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(1953年)7月12日にわが巡視船が竹島におもむいたところ、韓国の武装警官7名の援護のもとに、韓国漁民 約30名が漁船3隻を使用して漁業に従事中であるのを発見した。わが方は、彼等に同島からの退去を要求したが、相手方はこれに応じないのみか、巡視船が同島を離れはじめたとき突然 同船に対して数十発の銃撃を加え、船体に被弾するという事件が発生した。・・・
(1954年)6月17日のソウル発UP電は、同日韓国内務部が、「韓国沿岸警備隊は竹島を日本の侵略から守るため、駐留部隊を同島に急派した。」と発表したと伝えてきた・・・続いて8月23日には、竹島西島の西北方約 700メートルを航行中のわが巡視船が、突如 銃撃を受け、そのうちの一弾は通風筒を貫通するという事件が発生し、警備員駐在の事実が確認された。その際、竹島東岸の突端に高さ約6メートルの白色の燈台が建設されているのが発見された(注2)
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(つづく)
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建議書
一.要旨
獨島は韓国の領土であることを内外に宣布し、日本の侵略行為に対し強力な措置を取るよう建議する。
二.理由
去る6月25日および27、28日の三回にわたり猥濫にも米国旗を盗取しながら、獨島に侵入し漁撈作業中であった韓国人を逐出し「はなはだしくは韓国の領土標識と慰霊碑を破壊し」、かれらの掲示板を埋立した日本人の野蛮な行為は韓国を無視した態度であり、同時に往時の侵略根性の再開始を暴露した野欲であると考えるほかないので、本議会はわが領土を守護する理念で標記要旨の断固とした措置があるよう建議する次第である。
右、建議する。
檀紀4286年(1953)7月10日
慶尚北道議会
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1947年の SCAPIN-677,1033以来、竹島=独島は恒久決定ではないにせよ国際的に韓国領と認識され、韓国漁船だけが平穏無事に漁労をしていたのですが、そこへ日本の官憲が突然やって来て勝手に日本領の標識を立て、韓国漁民を追い出すために拳銃で威嚇したとなると、韓国民の目には日本の再侵略とうつるのも無理はありません。
憤激した韓国は、自国の領海を侵犯する日本船に断固たる措置も辞さない覚悟で武装警官を竹島=独島へ派遣しました。そこへ日本の巡視船がやって来ました。銃撃事件は起こるべくして起きました。その事件を川上健三氏はこう記しました。
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(1953年)7月12日にわが巡視船が竹島におもむいたところ、韓国の武装警官7名の援護のもとに、韓国漁民 約30名が漁船3隻を使用して漁業に従事中であるのを発見した。わが方は、彼等に同島からの退去を要求したが、相手方はこれに応じないのみか、巡視船が同島を離れはじめたとき突然 同船に対して数十発の銃撃を加え、船体に被弾するという事件が発生した。・・・
(1954年)6月17日のソウル発UP電は、同日韓国内務部が、「韓国沿岸警備隊は竹島を日本の侵略から守るため、駐留部隊を同島に急派した。」と発表したと伝えてきた・・・続いて8月23日には、竹島西島の西北方約 700メートルを航行中のわが巡視船が、突如 銃撃を受け、そのうちの一弾は通風筒を貫通するという事件が発生し、警備員駐在の事実が確認された。その際、竹島東岸の突端に高さ約6メートルの白色の燈台が建設されているのが発見された(注2)
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(つづく)
これは メッセージ 2146 (hangetsujoh さん)への返信です.
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