竹島

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竹島=独島での銃撃事件3

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/07/06 22:38 投稿番号: [2148 / 18519]
   他国が現実に統治している島の領海に船で近づけば、銃撃を受けて当たり前です。それにもかかわらず、突然、日本の巡視船が竹島=独島へ近づいた行為は「挑発」あるいは「侵略」と受けとられて当然といえます。
   一方、ここで特記すべきは、日本はハボマイ・シコタンにはこのような「挑発」を行っていないという事実です。ハボマイ・シコタンも竹島=独島と同じように、GHQ指令 SCAPIN-677で日本の統治から切り離され、同じく対日講和条約では一言半句の記載もありませんでした。しかもソ連は韓国同様に対日講和条約には参加しませんでした。
   もし、日本が対日講和条約に何ら記述がないという理由のみで竹島=独島が日本の領土にもどったとするなら、ハボマイ・シコタンももちろん対日講和条約で日本領にもどったことになります。

   したがって、日本は竹島=独島よりもっと重要なハボマイ・シコタンに先に巡視船を派遣して実況検分をしてもよさそうなものです。しかも、ハボマイ・シコタンの場合は相手国が「固有領土」の主張をしていないだけに日本にとっては竹島=独島より数段有利です。
   ところが、日本政府はそこには何らの「実力行使」も行いませんでした。長い物には巻かれろ式のやり方でしょうか。これでは、日本政府のやり方はダブルスタンダードといわざるをえません。
   日本はソ連という大国に対しては衝突を恐れてか沈黙する一方で、その鬱屈した心情の裏返しか、独立まもない時期の、しかも戦争で疲弊している弱い立場の韓国に高圧的な挑発行動をとった形になりました。。

   その後、日本は韓国の反撃行動をみて反省したのか冷静になり「実力行使」を控え、外交交渉に切り替えました。日韓間における領有権論争の始まりです。

(注1)愼𨉷廈『獨島領有權資料の探求』第3巻(韓国語)、獨島研究保全協会,2000
(注2)川上健三『竹島の歴史地理学的研究』(復刻版)古今書院、1996

   (半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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