竹島=独島と連合国1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/06/07 22:35 投稿番号: [2013 / 18519]
半月城です。
nochonggakkさんはご存知かもしれませんが、連合国の「旧日本領土処理に関する合議書」関連の報道が下記「世界日報」のサイトにあります。
<連合国領土合意書、独島を韓国領として処理>(韓国語)
http://search.sgt.co.kr/fbin/result.fcgi?search=??&dataid=200109192107000543
拙訳<アメリカ公文書館資料>
http://www.han.org/a/half-moon/hm088.html#No.620
上の記事では合議書の作成年を1947年としています。これは、合議書がアメリカの第1次草案(1947)から第5次草案(1949)の書類綴りにすべて複写されてつづられているので、合議書の作成開始年として 1947年は妥当かもしれません。
一方、合議書の文中に 1950年の字句がありますが、これは竹島=独島を日本領としたアメリカの第6次草案(1949)と明らかに相容れません。合議書にはこう記されました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
秘密
旧日本領土の処理に関する合意
連合国および関係国の平和条約会議は、日本に関して、1950年、同条約において日本により放棄される領土を下記のように処分することで結論に達した。
第1条 ・・・台湾・・・
第2条 ・・・サハリン・・・
第3条 連合国および関係国は朝鮮本土や済州島、巨文島、鬱陵島、リアンクール(タケシマ)、・・・を含むすべての朝鮮沿岸の諸島にたいするすべての権利、権原を韓国の完全な統治に移すことに合意する。
(線引きの)ラインは、この合意書付属の地図に示される。
第4条 ・・・小笠原群島・・・
第5条 ・・・琉球・・・
1950年( )月( )日、英語で( )市にて。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
どうも、合議書は 1950年に最終合意書として残される予定だったようです。それがどうやらアメリカの方針変更か、そのままになってしまったようです。
竹島=独島を日本領から除いたこの合議書が、アメリカのみならずイギリスやニュージーランド、オーストラリアなど同盟国の日本領認識に重要な役割をはたしたことはいうまでもありません。その後、対日講和条約の時点にいたり、アメリカ以外の同盟国が竹島=独島の領有をどのように考えていたのか、それは私も不明であると考えています。
ニュージーランドの意見書がハボマイ・シコタンにはふれても竹島=独島にはふれていないところをみると、連合国は竹島=独島にはあまり関心をもっていなかったようです。こうした姿勢は、その後の国際関係に反映しているようです。その推移をみることにします。
(つづく)
nochonggakkさんはご存知かもしれませんが、連合国の「旧日本領土処理に関する合議書」関連の報道が下記「世界日報」のサイトにあります。
<連合国領土合意書、独島を韓国領として処理>(韓国語)
http://search.sgt.co.kr/fbin/result.fcgi?search=??&dataid=200109192107000543
拙訳<アメリカ公文書館資料>
http://www.han.org/a/half-moon/hm088.html#No.620
上の記事では合議書の作成年を1947年としています。これは、合議書がアメリカの第1次草案(1947)から第5次草案(1949)の書類綴りにすべて複写されてつづられているので、合議書の作成開始年として 1947年は妥当かもしれません。
一方、合議書の文中に 1950年の字句がありますが、これは竹島=独島を日本領としたアメリカの第6次草案(1949)と明らかに相容れません。合議書にはこう記されました。
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秘密
旧日本領土の処理に関する合意
連合国および関係国の平和条約会議は、日本に関して、1950年、同条約において日本により放棄される領土を下記のように処分することで結論に達した。
第1条 ・・・台湾・・・
第2条 ・・・サハリン・・・
第3条 連合国および関係国は朝鮮本土や済州島、巨文島、鬱陵島、リアンクール(タケシマ)、・・・を含むすべての朝鮮沿岸の諸島にたいするすべての権利、権原を韓国の完全な統治に移すことに合意する。
(線引きの)ラインは、この合意書付属の地図に示される。
第4条 ・・・小笠原群島・・・
第5条 ・・・琉球・・・
1950年( )月( )日、英語で( )市にて。
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どうも、合議書は 1950年に最終合意書として残される予定だったようです。それがどうやらアメリカの方針変更か、そのままになってしまったようです。
竹島=独島を日本領から除いたこの合議書が、アメリカのみならずイギリスやニュージーランド、オーストラリアなど同盟国の日本領認識に重要な役割をはたしたことはいうまでもありません。その後、対日講和条約の時点にいたり、アメリカ以外の同盟国が竹島=独島の領有をどのように考えていたのか、それは私も不明であると考えています。
ニュージーランドの意見書がハボマイ・シコタンにはふれても竹島=独島にはふれていないところをみると、連合国は竹島=独島にはあまり関心をもっていなかったようです。こうした姿勢は、その後の国際関係に反映しているようです。その推移をみることにします。
(つづく)
これは メッセージ 2005 (nochonggakk さん)への返信です.
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