Re: 太政官も伝統的松島=リアンクール岩と
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/10/30 16:55 投稿番号: [18489 / 18519]
貴殿が「資料」と書いていたことははじめから分かっていましたよ。その上で貴殿の書き方が「ごまかし」であり、文章で人を惑わしていると書いているのです。ご指摘の内容にはさほど議論する意味も感じません。要するに、貴殿の意見は、基本的に、
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松島は、現代の地図で鬱陵島の位置にあるから、太政官は松島を鬱陵島と判断したということが、私にはどうもよく理解できません。確かに、隠岐から松島への距離80里は過大で、「現代の視角」から見ると鬱陵島の近くになります。しかし、更にその西北40里には竹島=鬱陵島が在ると、『原由之大畧』は記していますから、太政官は、松島を鬱陵島とは判断せず、やはり古来の松島=現竹島と判断した、と私は考えます。 (18332)
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を超えるものではなさそうです。つまり、何らかの資料的な根拠や整合性を求めたものではなく、結果ありきの話の継ぎ合わせに過ぎないとすべきなのでしょう。18467, 18468の私の指摘で、もう充分だと思います。細かいことをいろいろ書いても無駄でしょう。
とにかく、文章で人を惑わし、議論をあいまいなものにし、あたかも自分の意見に相当の資料的な根拠があるかのような物の書き方はやめたほうがいいですよ。騙される人は騙されるでしょうが、普通に読めば、何の説得力もありません。
>ahirutousagi2様が「伝統的松島」の抹消に執拗に拘っておられるのは、「自ら思い込んでいる結論」に合わせて、ダジュレー=松島とした鬱陵島の朝鮮寄りに、もう一つの鬱陵島=アルゴノート=竹島を作りたいが為ではないかと思います。
私は、前から「はっきりと言えるのは、太政官が版図外としたのは、鬱陵島=ダジュレーまでであったということのみ」と複数回書いているはずです。アルゴノート=竹島という考えの一方(それがかなり有力ですし、それなりに重点を置いて書いてきましたが)、ざっくりと、アルゴノートの存在の不明瞭さを認識しつつ、そのまま鬱陵島までと判断した可能性も排除していません。
ともあれ、ご指摘は、まったくあたらないものです。そして、それは前後の数々の資料の整合性でそのように判断するのが妥当であると繰り返し提示してきました。
>お互いに、「自ら思い込んでいる結論を前提として資料を解釈するのは」当然のことではないでしょうか。
違います。私は結論を持っていません。仮説は設けることがあっても、太政官判断についての結論は私としては一時的なものですし、資料の見方もしたがって、「疑ってかかる」融通性を持たせているつもりです。私の現在の考えも資料を総合的に判断して整合性から導き出したものです。貴殿とはどうも違うようです。
貴殿の場合は、結論を前提として資料を解釈しているとのことですが、私は、それは誤った姿勢だと思いますよ。だから、文章も、意図的に人を惑わす書き方になり、話もあちこちに飛び、衒学に溺れ、結局は、何の説得力も得られない、という結果になるのではないでしょうか。歴史を考える姿勢そのものが私はいかがなものかと思います。
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松島は、現代の地図で鬱陵島の位置にあるから、太政官は松島を鬱陵島と判断したということが、私にはどうもよく理解できません。確かに、隠岐から松島への距離80里は過大で、「現代の視角」から見ると鬱陵島の近くになります。しかし、更にその西北40里には竹島=鬱陵島が在ると、『原由之大畧』は記していますから、太政官は、松島を鬱陵島とは判断せず、やはり古来の松島=現竹島と判断した、と私は考えます。 (18332)
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を超えるものではなさそうです。つまり、何らかの資料的な根拠や整合性を求めたものではなく、結果ありきの話の継ぎ合わせに過ぎないとすべきなのでしょう。18467, 18468の私の指摘で、もう充分だと思います。細かいことをいろいろ書いても無駄でしょう。
とにかく、文章で人を惑わし、議論をあいまいなものにし、あたかも自分の意見に相当の資料的な根拠があるかのような物の書き方はやめたほうがいいですよ。騙される人は騙されるでしょうが、普通に読めば、何の説得力もありません。
>ahirutousagi2様が「伝統的松島」の抹消に執拗に拘っておられるのは、「自ら思い込んでいる結論」に合わせて、ダジュレー=松島とした鬱陵島の朝鮮寄りに、もう一つの鬱陵島=アルゴノート=竹島を作りたいが為ではないかと思います。
私は、前から「はっきりと言えるのは、太政官が版図外としたのは、鬱陵島=ダジュレーまでであったということのみ」と複数回書いているはずです。アルゴノート=竹島という考えの一方(それがかなり有力ですし、それなりに重点を置いて書いてきましたが)、ざっくりと、アルゴノートの存在の不明瞭さを認識しつつ、そのまま鬱陵島までと判断した可能性も排除していません。
ともあれ、ご指摘は、まったくあたらないものです。そして、それは前後の数々の資料の整合性でそのように判断するのが妥当であると繰り返し提示してきました。
>お互いに、「自ら思い込んでいる結論を前提として資料を解釈するのは」当然のことではないでしょうか。
違います。私は結論を持っていません。仮説は設けることがあっても、太政官判断についての結論は私としては一時的なものですし、資料の見方もしたがって、「疑ってかかる」融通性を持たせているつもりです。私の現在の考えも資料を総合的に判断して整合性から導き出したものです。貴殿とはどうも違うようです。
貴殿の場合は、結論を前提として資料を解釈しているとのことですが、私は、それは誤った姿勢だと思いますよ。だから、文章も、意図的に人を惑わす書き方になり、話もあちこちに飛び、衒学に溺れ、結局は、何の説得力も得られない、という結果になるのではないでしょうか。歴史を考える姿勢そのものが私はいかがなものかと思います。
これは メッセージ 18474 (ararenotomo1 さん)への返信です.
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