太政官も伝統的松島=リアンクール岩と判断
投稿者: ararenotomo1 投稿日時: 2010/10/17 22:16 投稿番号: [18474 / 18519]
ahirutousagi2様、早速のご返事ありがとうございます。幾つか誤解があるので説明します。
ahirutousagi2様は、私の“「伝統的竹島・松島」という規定が意味不明です。”と述べられたので、先ずそれについて説明します。
「伝統的竹島・松島」は、川上健三『竹島の歴史地理学的研究』(1966)からそのまま取りました。川上氏は、欧米の間違った地図にあるアルゴノート=竹島・ダジュレー=松島=鬱陵島と、『隠州視聴合紀』や長久保赤水の地図に記された竹島・松島を、区別するために使っています。「古来」「従来」「本来」の竹島松島も同じ意味です(No.18429)。
ahirutousagi2様は、“文章で人を惑わすのはやめませんか。32の資料、その中の12で伝統的松島・竹島の系統で分類と書いていらっしゃいますが、ここには地図だけでなく、新聞記事や『日本地誌提要』の文章も含まれています。”と書いておられますが、私は「地図」ではなく32の「資料」と書きました。
『日本地誌提要』について、ahirutousagi2様は“『Carte de l'empire du Japon』で示された竹島・松島の位置認識は、アルゴノート、ダジュレーの位置認識に一致します。それは『日本地誌提要』に記された距離の提示のみでは記しえないものです。”述べておられます。
しかし、『日本地誌提要』にはアルゴノート・ダジュレーという言葉はありません。川上(1966)も“塚本明毅の『日本地誌提要』中の隠岐の部には、次のとおり記載されており、「松島」、「竹島」の伝統的知識がそのままに継承されている。”として、「土俗相傳テ云フ。穩地郡蘄浦港ヨリ松島ニ至ル。海路凡六拾九里三拾五町。竹島ニ至ル。海路凡百里四町餘。」を引用しています。そして『Carte de l'empire du Japon』で示された竹島・松島の位置は凡そ、この距離と一致します。ただし、極めて優秀なテクノクラート且民族主義者の塚本明毅は、『大日本府縣分轄圖』(1881)中の「大日本全國略圖」において、架空の島アルゴノートを巧に利用して竹島を其処に置き、ahirutousagi2様と同様に、鬱陵島だけを放棄したことにした、のではないかとも思っています(Nos.18250, 18333)。
ahirutousagi2様は、私が「松島=リアンクール岩」と主張していると、盛んに主張されますが、私は「松島=リアンクール岩」と主張したことはありません。私は「鬱陵島を松島とした資料の中で、11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています。」と書きました。即ち「伝統的松島=リアンクール岩」とは主張しました。しかし、欧米製地図の多くは松島=ダジュレー=鬱陵島ですから「松島=リアンクール岩」とならないのは当然です。
さらにahirutousagi2様は、“「11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています」もごまかしと言ってもいいでしょう。単に、リアンクール岩を記していると書けばいいだけの話です。「伝統的松島の位置で」などと修飾語をつける必要はなんら必要ないのです。”と、「伝統的松島の位置」を否定するのに躍起になっておられます。
しかし、単なる「松島」と「伝統的松島」は全く違います。シーボルトの間違いによって、欧米製地図の多くは鬱陵島を松島としたので、伝統的松島はリアンク−ル岩、Hornet Rocks或いはヲリウツ・メ子ライ瀬等と呼ばざるを得なくなりました。川上(1966)の纏めによると、竹島松島の地理的知識を表した32の資料のうち19は、欧米製地図により鬱陵島を松島としております。しかし、残り13のうち12は、伝統的松島=今日の竹島、伝統的竹島=鬱陵島の系統である、と川上(1966)は書いています。川上氏はまた、鬱陵島を松島とした19の資料中11は、リアンク−ル岩を今日の竹島に該当する島と見ている事を示しました。一方、アルゴノート島に該当する島として竹島を表しているのは、点線で描いた3つを含めても、6つしかありません。
「伝統的竹島松島」の地理認識で重要なのは、竹島=鬱陵島の朝鮮寄りに島は無く、松島は隠岐から竹島への航路の途中に在ることです。ahirutousagi2様が「伝統的松島」の抹消に執拗に拘っておられるのは、「自ら思い込んでいる結論」に合わせて、ダジュレー=松島とした鬱陵島の朝鮮寄りに、もう一つの鬱陵島=アルゴノート=竹島を作りたいが為ではないかと思います。しかし、アルゴノート=竹島とするのは、全体の2割以下の少数派です。少数意見は尊重すべきですが、私は、太政官も多数派に従い「伝統的竹島=鬱陵島」「伝統的松島=リアンクール岩」と判断した、可能性の方が高いと考えております。
ahirutousagi2様、お互いに、「自ら思い込んでいる結論を前提として資料を解釈するのは」当然のことではないでしょうか。
ahirutousagi2様は、私の“「伝統的竹島・松島」という規定が意味不明です。”と述べられたので、先ずそれについて説明します。
「伝統的竹島・松島」は、川上健三『竹島の歴史地理学的研究』(1966)からそのまま取りました。川上氏は、欧米の間違った地図にあるアルゴノート=竹島・ダジュレー=松島=鬱陵島と、『隠州視聴合紀』や長久保赤水の地図に記された竹島・松島を、区別するために使っています。「古来」「従来」「本来」の竹島松島も同じ意味です(No.18429)。
ahirutousagi2様は、“文章で人を惑わすのはやめませんか。32の資料、その中の12で伝統的松島・竹島の系統で分類と書いていらっしゃいますが、ここには地図だけでなく、新聞記事や『日本地誌提要』の文章も含まれています。”と書いておられますが、私は「地図」ではなく32の「資料」と書きました。
『日本地誌提要』について、ahirutousagi2様は“『Carte de l'empire du Japon』で示された竹島・松島の位置認識は、アルゴノート、ダジュレーの位置認識に一致します。それは『日本地誌提要』に記された距離の提示のみでは記しえないものです。”述べておられます。
しかし、『日本地誌提要』にはアルゴノート・ダジュレーという言葉はありません。川上(1966)も“塚本明毅の『日本地誌提要』中の隠岐の部には、次のとおり記載されており、「松島」、「竹島」の伝統的知識がそのままに継承されている。”として、「土俗相傳テ云フ。穩地郡蘄浦港ヨリ松島ニ至ル。海路凡六拾九里三拾五町。竹島ニ至ル。海路凡百里四町餘。」を引用しています。そして『Carte de l'empire du Japon』で示された竹島・松島の位置は凡そ、この距離と一致します。ただし、極めて優秀なテクノクラート且民族主義者の塚本明毅は、『大日本府縣分轄圖』(1881)中の「大日本全國略圖」において、架空の島アルゴノートを巧に利用して竹島を其処に置き、ahirutousagi2様と同様に、鬱陵島だけを放棄したことにした、のではないかとも思っています(Nos.18250, 18333)。
ahirutousagi2様は、私が「松島=リアンクール岩」と主張していると、盛んに主張されますが、私は「松島=リアンクール岩」と主張したことはありません。私は「鬱陵島を松島とした資料の中で、11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています。」と書きました。即ち「伝統的松島=リアンクール岩」とは主張しました。しかし、欧米製地図の多くは松島=ダジュレー=鬱陵島ですから「松島=リアンクール岩」とならないのは当然です。
さらにahirutousagi2様は、“「11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています」もごまかしと言ってもいいでしょう。単に、リアンクール岩を記していると書けばいいだけの話です。「伝統的松島の位置で」などと修飾語をつける必要はなんら必要ないのです。”と、「伝統的松島の位置」を否定するのに躍起になっておられます。
しかし、単なる「松島」と「伝統的松島」は全く違います。シーボルトの間違いによって、欧米製地図の多くは鬱陵島を松島としたので、伝統的松島はリアンク−ル岩、Hornet Rocks或いはヲリウツ・メ子ライ瀬等と呼ばざるを得なくなりました。川上(1966)の纏めによると、竹島松島の地理的知識を表した32の資料のうち19は、欧米製地図により鬱陵島を松島としております。しかし、残り13のうち12は、伝統的松島=今日の竹島、伝統的竹島=鬱陵島の系統である、と川上(1966)は書いています。川上氏はまた、鬱陵島を松島とした19の資料中11は、リアンク−ル岩を今日の竹島に該当する島と見ている事を示しました。一方、アルゴノート島に該当する島として竹島を表しているのは、点線で描いた3つを含めても、6つしかありません。
「伝統的竹島松島」の地理認識で重要なのは、竹島=鬱陵島の朝鮮寄りに島は無く、松島は隠岐から竹島への航路の途中に在ることです。ahirutousagi2様が「伝統的松島」の抹消に執拗に拘っておられるのは、「自ら思い込んでいる結論」に合わせて、ダジュレー=松島とした鬱陵島の朝鮮寄りに、もう一つの鬱陵島=アルゴノート=竹島を作りたいが為ではないかと思います。しかし、アルゴノート=竹島とするのは、全体の2割以下の少数派です。少数意見は尊重すべきですが、私は、太政官も多数派に従い「伝統的竹島=鬱陵島」「伝統的松島=リアンクール岩」と判断した、可能性の方が高いと考えております。
ahirutousagi2様、お互いに、「自ら思い込んでいる結論を前提として資料を解釈するのは」当然のことではないでしょうか。
これは メッセージ 18467 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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