竹島

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Re: 太政官その2

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/10/09 00:24 投稿番号: [18468 / 18519]
>川上健三『竹島の歴史地理学的研究』(1966)は、松島・竹島の地理的知識の変遷を表示し、日本人作製の32の資料を挙げました。そして、その中の12を伝統的松島(今日の竹島)竹島(鬱陵島)の系統に分類しました。20の欧米製地図系統の中、14は鬱陵島をダジュレー=松島としていますが(1つは鬱陵島を竹島)、アルゴノート=竹島は描いていません。残り6つの内で竹島を点線で描いているのが3つ、沖冠嶺「大日本及支那朝鮮図」(1874)(前述の1-10)も含めて、竹島=アルゴノートの現存を示唆するのは3つです。また、鬱陵島を松島とした資料の中で、11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています。

前にも申し上げていますが、文章で人を惑わすのはやめませんか。32の資料、その中の12で伝統的松島・竹島の系統で分類と書いていらっしゃいますが、ここには地図だけでなく、新聞記事や『日本地誌提要』の文章も含まれています。地図だけでいえば、12ではなく10になり、うち、私の知る限りでは木村文造「銅板朝鮮国全図」はアルゴノートの位置に竹島を、ダジュレーの位置に松島を持ってきているはずです。

さらに、残りのものはそれこそ「見高麗〜」時代の名残を残したもの、長久保赤水の系列に属するものでしょう。アラレさんの主張する松島=リアンクール岩を明示する地図はただの一つもありません。これのどこが反証なのでしょうか。

また、欧米系20の地図のうち「14は鬱陵島をダジュレー=松島としていますが(1つは鬱陵島を竹島)、アルゴノート=竹島は描いていません」となさっていますが、私の手元の川上健三のpp.39-31では、14をダジュレー=松島としつつ、このうち、アルゴノート=竹島を描いている地図が6つです。1つは鬱陵島を竹島に(1811;浅野弥兵衛「日本国図」)、1つは『寰瀛水路誌』、これを除いて残りの4つは松島を「鬱陵島」としています。こうした地図はすべて1880年代以降です。

結局、アルゴノートを記した6つの地図がアラレさんにも問題になるのでしょうが、点線であろうと、あるいは松島(=ダジュレー)だけを書いていようと、何の問題もありません。問題は太政官が竹島と松島をどの位置において認識したかです。アラレさんの主張するダジュレー=竹島=鬱陵島、松島=リアンクール岩としているものは、この20の地図をひっくるめてもただの一つもありません。

最後の「11は伝統的松島の位置でリアンクール岩を記しています」もごまかしと言ってもいいでしょう。単に、リアンクール岩を記していると書けばいいだけの話です。「伝統的松島の位置で」などと修飾語をつける必要はなんら必要ないのです。

結局、これらの地図には、ただ一つとしてアラレさんの主張する、太政官がダジュレー=竹島=鬱陵島、松島=リアンクール岩と判断したとする根拠は存在しません。
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