Re: その1
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/09/26 22:06 投稿番号: [18452 / 18519]
アラレさん、生憎ですが、失礼ながら貴殿のご意見に感じられるのは単に衒学的な記述に過ぎず、それに伴う論点への説得力の不足を実感するばかりなのです。いつもお話があちこちに飛んでいらっしゃいます。
よほど熱心に調べられたのでしょう。それには敬意を表しますが、ただそれだけのことです。外一島の理解における根拠を何ら提示なさってはいらっしゃいません。そう、ただ一点、太政官がダジュレー=竹島=鬱陵島、松島=リアンクール岩と判断したという根拠さえお示しなさればいいのではないでしょうか。そのあたり、これだけいろいろ提示されつつ、結局は何も提示されていないように見受けられます。ご自身でお気づきにならないでしょうか。ですから、反証する必要も感じませんし、よく調べましたね、ご苦労様です、としか言いようがないのです。
示された根拠は地図でアルゴノートが点線であること、版図外は古来からの竹島・松島と考えられること、あとは傍証として田辺の論などがそれをうかがわせるという程度でしょうか。結局、普通に納得できるようなお話をうかがうことはできなかったように思われます。
>また、当時の地図の大部分は、アルゴノート=竹島を「現存せず(nicht vorhanden)」として描かないか、或いは、「位置不詳(position doubtful)」として点線で描いています(Nos. 18428, 18439)。
大部分が描かれていないか点線で書かれているというのはあたっていますが、参考までにペリーをはじめとする西洋の地図を含め「現存せず」と明記している地図の数(単に両島を描き落としているものは含めないでください)は大体どれくらいあるものか教えていただけないでしょうか。その数と、点線で描かれている地図の割合はどんなものでしょうか。
もしもここに一定の偏りがあるとすれば、アラレさんの主張のこの部分は、巧みなトリックが含まれているとすべきでしょう。文章で人を惑わせてはいけないということです。「現存せず」と「点線」を並列で記してよいかどうかは、私は疑問です。
ただ、繰り返しますが、政府の地理認識を考えるにおいて点線で描かれていることは大事なことではありません。大事なのは、当時の政府がどの島を竹島・松島に比定したと考えるのが合理的かつ整合的であるか、ということに過ぎません。結論は、私が主張していることに何の間違いもないと思っています。
地図で申し上げますと、アラレさんの主張する竹島=鬱陵島=ダジュレー、松島=リアンクールを描いている地図は、1872年版の陸軍参謀局の地図(未見;田村清三郎『島根県竹島の新研究』p.33によれば日本に近く松島を描いているとのこと。1875年版はアルゴノートの位置に竹島、ダジュレーの位置に松島あり)を除き、この混乱期にいくつあるのでしょうか。あるいは、そもそも存在するのでしょうか。
アラレさんは、take_8591さんのご提示の地図(18373)について「1-02を除く日本人作製の地図で、1-07, 11~15は竹島を点線で描き、1-09, 10は古来の竹島松島の認識で描かれています。アルゴノート島の実存性を示唆しているのは、「橋本玉蘭の大日本四神全図」だけではないでしょうか」(18439)とされています。私はtake_8591さんと視角を同じくしない部分もありますが、このアラレさんの指摘は的外れではないかと考えます。なぜなら、1−09, 10はともに、アルゴノート、ダジュレーの位置で竹島・松島が描かれていることがうかがえるからです。
島根県提出の地図をあげられるかもしれません。しかし、これまた、アルゴノート、ダジュレーでの位置認識を否定する根拠には何らなりえません。
よほど熱心に調べられたのでしょう。それには敬意を表しますが、ただそれだけのことです。外一島の理解における根拠を何ら提示なさってはいらっしゃいません。そう、ただ一点、太政官がダジュレー=竹島=鬱陵島、松島=リアンクール岩と判断したという根拠さえお示しなさればいいのではないでしょうか。そのあたり、これだけいろいろ提示されつつ、結局は何も提示されていないように見受けられます。ご自身でお気づきにならないでしょうか。ですから、反証する必要も感じませんし、よく調べましたね、ご苦労様です、としか言いようがないのです。
示された根拠は地図でアルゴノートが点線であること、版図外は古来からの竹島・松島と考えられること、あとは傍証として田辺の論などがそれをうかがわせるという程度でしょうか。結局、普通に納得できるようなお話をうかがうことはできなかったように思われます。
>また、当時の地図の大部分は、アルゴノート=竹島を「現存せず(nicht vorhanden)」として描かないか、或いは、「位置不詳(position doubtful)」として点線で描いています(Nos. 18428, 18439)。
大部分が描かれていないか点線で書かれているというのはあたっていますが、参考までにペリーをはじめとする西洋の地図を含め「現存せず」と明記している地図の数(単に両島を描き落としているものは含めないでください)は大体どれくらいあるものか教えていただけないでしょうか。その数と、点線で描かれている地図の割合はどんなものでしょうか。
もしもここに一定の偏りがあるとすれば、アラレさんの主張のこの部分は、巧みなトリックが含まれているとすべきでしょう。文章で人を惑わせてはいけないということです。「現存せず」と「点線」を並列で記してよいかどうかは、私は疑問です。
ただ、繰り返しますが、政府の地理認識を考えるにおいて点線で描かれていることは大事なことではありません。大事なのは、当時の政府がどの島を竹島・松島に比定したと考えるのが合理的かつ整合的であるか、ということに過ぎません。結論は、私が主張していることに何の間違いもないと思っています。
地図で申し上げますと、アラレさんの主張する竹島=鬱陵島=ダジュレー、松島=リアンクールを描いている地図は、1872年版の陸軍参謀局の地図(未見;田村清三郎『島根県竹島の新研究』p.33によれば日本に近く松島を描いているとのこと。1875年版はアルゴノートの位置に竹島、ダジュレーの位置に松島あり)を除き、この混乱期にいくつあるのでしょうか。あるいは、そもそも存在するのでしょうか。
アラレさんは、take_8591さんのご提示の地図(18373)について「1-02を除く日本人作製の地図で、1-07, 11~15は竹島を点線で描き、1-09, 10は古来の竹島松島の認識で描かれています。アルゴノート島の実存性を示唆しているのは、「橋本玉蘭の大日本四神全図」だけではないでしょうか」(18439)とされています。私はtake_8591さんと視角を同じくしない部分もありますが、このアラレさんの指摘は的外れではないかと考えます。なぜなら、1−09, 10はともに、アルゴノート、ダジュレーの位置で竹島・松島が描かれていることがうかがえるからです。
島根県提出の地図をあげられるかもしれません。しかし、これまた、アルゴノート、ダジュレーでの位置認識を否定する根拠には何らなりえません。
これは メッセージ 18449 (ararenotomo1 さん)への返信です.
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