竹島

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于山鬱陵二島と鬱陵于山二島

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/08/27 18:42 投稿番号: [18406 / 18519]
  物には序列があり、これを侵してはなりません。
  この理念、朝鮮朱子学において、病的に強いものがあります。
  すると、「于山鬱陵二島」と「鬱陵于山二島」という概念は、全く異なる概念であると推察されます。

  「于山鬱陵二島」の概念を端的に現しているのが、『與地勝覧』に掲載された「八道総図」です。「八道総図」に于山島は半島と鬱陵島の間に描かれています。『與地勝覧』本文は「一説于山欝陵本一島」と記されています。又、世宗実録地理誌と同年代に編纂された『高麗史』に「一云于山武陵本二島」と記されています。
  この様に、日本海上にある于山国が、2島で構成されているのか、1島なのか判然としない状態をして「于山鬱陵二島」と表現されているのが明らかです。

  1694年李氏朝鮮は、張漢相を鬱陵島に派遣しました。しかし、張漢相はチェクトと独島を遠望したと推察されますが、何れの島に対しても「于山島」の名を冠することが出来ませんでした。1711年李氏朝鮮は、朴昌錫を鬱陵島に派遣しました。朴昌錫は鬱陵島圖形を残しました。鬱陵島圖形はチェクトを「于山島」と命名し、「海長竹田   所謂于山島」と記しました。1808年李氏朝鮮は、万機要覧を編纂しました。万機要覧は「鬱陵于山   皆于山國地」と記しました。
  この様に、日本海上にある于山国が鬱陵島とチェクトで構成されていると明確に認識した場合、「鬱陵于山二島」と表現されているのが明らかです。
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