ahirutousagi2さん
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/03/18 17:10 投稿番号: [17921 / 18519]
>どこがお笑いなのか「想像」なしでお話くださいませんか。
外務省のパンフレットのいい加減さにはあきれるというよりも
これが国の作製したパンフレットだということに驚きすら感じます。
1618年(注)、鳥取藩伯耆国米子の町人大谷甚吉、村川市兵衛は、同藩
主を通じて幕府から鬱陵島(当時の「竹島」)への渡海免許を受けまし
た。これ以降、両家は交替で毎年年1回鬱陵島に渡航し、あわびの採
取、あしかの捕獲、竹などの樹木の伐採等に従事しました。
元禄8年12月、幕府は鳥取藩に対し「因州・伯州え付竹嶋はいつの頃より両国へ附属候哉」と質問し、その質問に対する鳥取藩の回答書で「大谷・村川が竹嶋へ渡海しているのは松平新太郎領国の節、奉書を承ったと両人が言っていることを承っています」という文面があり
それが根拠となっています。
つまり、竹嶋への渡海免許の件は
大谷・村川両家がそう言っている
と鳥取藩は報告しているに過ぎません。
幕府も鳥取藩もよく分からないが大谷・村川両家だけが知っていたこの竹嶋渡海免許をもって
外務省は幕府が領有権を確立していたとパンフレットに記述されています。
外務省パンフレットは堂々と渡海免許の写しを載せていますが
そこには3名の老中が連盟で署名されています。この3名は1618年にはまだそろって役職に就いていません。
お笑いパンフレットというに相応しい内容だと思いませんか?
これは メッセージ 17910 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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