半月城氏の櫻井氏への反論(2)について1
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/02/28 12:11 投稿番号: [17729 / 18519]
以下、今回の内藤氏への批判とも関連して、半月城氏の「竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する(2)」の該当部分のみ、あわせて批判しておきます。
>当時、竹島=独島は連合国により日本領から切り離されていたのですが、その連合国の措置、SCAPIN 677号に関しても日本は何の異議申し立てをおこないませんでした。この時の日本は韓国へ抗議しようと思えばできたことはいうまでもありません。
677号については日本政府が発言する状況にあった時代とは思えませんし、領土がこれで確定するものでもありませんでした。問題となるほどのこともありません。「韓国へ抗議しようと思えばできた」と仰いますが、それはどうでしょうか。「韓国」などという国は677号(1946.1)の時代には存在しませんでしたから。それに代わる組織があったとしても、日本は国家として認めてはいませんでしたし、連合国も同様でした。ありうるとすれば米軍政当局でしょうか。学術調査団などにも口を出すこともなさそうです。いずれにしても領土の確定がこの時点でなされていないことに変わりはありません。
>1946年、連合国総司令部(GHQ)は指令 SCAPIN 677号を発し、その第3項(a)で竹島=独島や鬱陵島、済州島を日本の政治、行政区域から切り離しました。これは最終決定ではないものの、連合国はこれらの島を韓国領と認識していたようです。
韓国領と認識していたようです、という根拠はなにもありません。これは領土を何ら規定するものでもありません。半月城氏のいつものレトリックというものでしょう。こういう読む人を惑わすレトリックはやめていただきたいものです。
>そればかりか、GHQは漁業資源保護のためマッカーサーラインを引き、竹島=独島へ日本の船が接近することを禁止しました。
こうした一連の措置に日本はまったく異議を申し立てませんでした(注4)。これはとりもなおさず、戦後の日本が竹島=独島を放棄したことを意味します。
マッカーサーラインは概ね日本政府申請の水域を基礎としたものです。しかし、東シナ海、黄海方面については操業区域の拡張は認められず、この地域のトロールおよび底曳網漁場は以前のわずか5%程度の狭さになったのでした。
漁業と言う視点から見れば東シナ海、黄海の問題は深刻でした。したがって、日本政府は総司令部に対して操業水域の拡大申請を行なっています。そして、SCAPIN1033号での東シナ海での操業水域は約2倍に拡大されたのでした。しかし、それでも、あまりに狭いものだったのです。それは結局、同区域での乱獲を導くことにもなったようでした。
さらに日本政府と漁業者(例えば日本遠洋底曳網漁業協会がもっとも強力に拡張運動を行ないました)は総司令部に操業水域の拡大を訴えています。マッカーサーラインは漁船の活動領域を対象とするものですから、これについて意見を申し述べ、竹島の領土問題に口出ししなかったのは677号との整合性から言ってもとくに違和感はありません。
漁業管轄などについては、藤井賢二「李承晩ライン宣布への過程に関する研究」(朝鮮学報185号、平成14年)を参照ください。
マッカーサーラインについてはもとより日本政府の策定した案が土台になっていること、特に東シナ海、黄海において大きくそれが削られることにより、日本政府や漁業者が陳情を行なっていること、マッカーサーラインは「日本漁船の活動可能領域」を示すものであり、「戦後の日本が竹島=独島を放棄したことを意味します」ということとは全くつながるものではない、と申し述べておきます。
日本政府の策定した案ではおそらく竹島が入ってはいなかったでしょう。これは旧日本軍の軍管区を踏襲しており、それに則った形になっていたものと想像されます。
>当時、竹島=独島は連合国により日本領から切り離されていたのですが、その連合国の措置、SCAPIN 677号に関しても日本は何の異議申し立てをおこないませんでした。この時の日本は韓国へ抗議しようと思えばできたことはいうまでもありません。
677号については日本政府が発言する状況にあった時代とは思えませんし、領土がこれで確定するものでもありませんでした。問題となるほどのこともありません。「韓国へ抗議しようと思えばできた」と仰いますが、それはどうでしょうか。「韓国」などという国は677号(1946.1)の時代には存在しませんでしたから。それに代わる組織があったとしても、日本は国家として認めてはいませんでしたし、連合国も同様でした。ありうるとすれば米軍政当局でしょうか。学術調査団などにも口を出すこともなさそうです。いずれにしても領土の確定がこの時点でなされていないことに変わりはありません。
>1946年、連合国総司令部(GHQ)は指令 SCAPIN 677号を発し、その第3項(a)で竹島=独島や鬱陵島、済州島を日本の政治、行政区域から切り離しました。これは最終決定ではないものの、連合国はこれらの島を韓国領と認識していたようです。
韓国領と認識していたようです、という根拠はなにもありません。これは領土を何ら規定するものでもありません。半月城氏のいつものレトリックというものでしょう。こういう読む人を惑わすレトリックはやめていただきたいものです。
>そればかりか、GHQは漁業資源保護のためマッカーサーラインを引き、竹島=独島へ日本の船が接近することを禁止しました。
こうした一連の措置に日本はまったく異議を申し立てませんでした(注4)。これはとりもなおさず、戦後の日本が竹島=独島を放棄したことを意味します。
マッカーサーラインは概ね日本政府申請の水域を基礎としたものです。しかし、東シナ海、黄海方面については操業区域の拡張は認められず、この地域のトロールおよび底曳網漁場は以前のわずか5%程度の狭さになったのでした。
漁業と言う視点から見れば東シナ海、黄海の問題は深刻でした。したがって、日本政府は総司令部に対して操業水域の拡大申請を行なっています。そして、SCAPIN1033号での東シナ海での操業水域は約2倍に拡大されたのでした。しかし、それでも、あまりに狭いものだったのです。それは結局、同区域での乱獲を導くことにもなったようでした。
さらに日本政府と漁業者(例えば日本遠洋底曳網漁業協会がもっとも強力に拡張運動を行ないました)は総司令部に操業水域の拡大を訴えています。マッカーサーラインは漁船の活動領域を対象とするものですから、これについて意見を申し述べ、竹島の領土問題に口出ししなかったのは677号との整合性から言ってもとくに違和感はありません。
漁業管轄などについては、藤井賢二「李承晩ライン宣布への過程に関する研究」(朝鮮学報185号、平成14年)を参照ください。
マッカーサーラインについてはもとより日本政府の策定した案が土台になっていること、特に東シナ海、黄海において大きくそれが削られることにより、日本政府や漁業者が陳情を行なっていること、マッカーサーラインは「日本漁船の活動可能領域」を示すものであり、「戦後の日本が竹島=独島を放棄したことを意味します」ということとは全くつながるものではない、と申し述べておきます。
日本政府の策定した案ではおそらく竹島が入ってはいなかったでしょう。これは旧日本軍の軍管区を踏襲しており、それに則った形になっていたものと想像されます。
これは メッセージ 17728 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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