半月城氏の櫻井氏反論(2)その2
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/02/28 12:18 投稿番号: [17730 / 18519]
>櫻井よしこ氏はマッカーサーラインを知ってか知らずか、それについての国際法には云々せずに李承晩ラインだけを問題にしましたが、実は両者はほとんど同じでした。
海洋主権宣言であった以上、全然、性質も違うものでしたし、線引きまでも異なるものでした。
>当時、日本漁船がマッカーサーラインを侵して拿捕(だほ)された漁船が 1951年4月だけでも27隻にものぼるほど、日本は魚の確保に必死になっていました(注5)。
日本の漁民が必死になったのは、マッカーサーラインでの制限による東シナ海、黄海での遠洋漁業の厳しさやそれに伴う乱獲(収穫の落ち込み)の影響が大きいのですが、一方で、興味深いのは、韓国が日本船を拿捕しているのが、かなりの数が、マッカーサーラインの枠内ではなかったということです。
1947年2月から1951年3月まで、日本漁船は40件、53隻が韓国に拿捕されていますが、うち漁獲高において中心となる以西底曳漁船(およびトロール)が26件、39隻がでした。その拿捕位置を確認すると、拿捕位置を確認できるのが24件、うち、マッカーサーラインの枠の中で拿捕されたのは6件に過ぎません。明らかになっている資料ではマッカーサーライン枠外で拿捕された船はみな済州島周辺での拿捕となっています。(上記、藤井論文引用表を参照)
さて、竹島周辺ではどうだったのでしょうか。半月城氏が言う「日本漁船がマッカーサーラインを侵して拿捕(だほ)された漁船が 1951年4月だけでも27隻にものぼる」というのは、竹島周辺、しかもマッカーサーライン内側の拿捕だけだったのでしょうか。相当に疑問がある部分です。これもレトリックの一種でしょう。
>マッカーサーラインは講和条約の3日前に撤廃されましたが、その対策を韓国政府がもし立てなかったら、日本漁船による漁業資源の乱獲は火を見るより明らかでした。韓国がマッカーサーラインを引きついで李承晩ラインを設定したのは、善し悪しはともかく、漁業資源の 200カイリ時代を先取りしたものといえます。
あくまで、自称「引き継いだ」のであって、誰も認めてはいなかったのではないでしょうか。また、半月城氏も認めるように「善し悪し」の余地が充分にあるラインであり、むしろ「悪し」として考えられるべきラインであったと見るのが妥当なところでしょう。
ちなみに、韓国における漁獲高は1944年から1951年の8年間を見ても25万トンから30万トン程度で一定しています(25万トンに満たなかった1945年と1950年を除く。それぞれ22万トン程度)。韓国の漁獲高は、基本的に安定的だったともいえるでしょう。
>韓国の主張ですが、条約には独島を日本に編入するという積極的な規定がないので、SCAPIN 677号で同島を日本から分離した規定には何ら変更がない、さらに韓国は独立を達成して以来、独島の管理統治を回復しており、そのような状態の下で対日平和条約の該当事国から正式承認を受けていたとするものです。
相当に苦しい韓国の主張です。平和条約の該当当事国から正式承認を受けていたというのが、何の正式承認を受けていたのか不明ですが(竹島のことでしょうか?)、平和条約の第2条aで、日本の朝鮮の領土権が放棄されているところを見ると、平和条約まで日本による朝鮮への領土権は必ずしも「正式承認」を受けていたのではなく、領土権の最終的な結論は平和条約まで待たなければならなかったとすべきであると思われます。
第21条に照らして、あるときは朝鮮は平和条約に関係しているかのように論じ、一方で、不利益に関しては朝鮮は平和条約とは何の関係もないという韓国式の議論は、どうにも困ったものです。
>韓国やソ連はサンフランシスコ講和条約の非調印国であり、そうした立場の国が同条約により著しい不利益を強制されることはありえません。
したがって、韓国やソ連が SCAPIN 677号にもとづいて、竹島=独島やハボマイ・シコタン諸島を継続統治している現状は、サンフランシスコ講和条約によって影響されるものではありません。
つまり、韓国もロシアも自分で線引きした区域を領土としているのであり、これは講和や条約に基づいていないという点、もとより677号が領土・領域を規定していないことから、「不法占拠」という表現は妥当なところであるといえそうです。
そして、竹島の間に、半月城氏が自ら認められるように「紛争」が存在するわけです。
半月城氏の文章力には一定の敬意を表しますが、行き過ぎたレトリックは、歴史を歪めるものにしかなりません。そして、実際に歪めていらっしゃいます。そういうことはやめてはいただきたいものです。まぁ、文章については、直らないでしょうが。自省を込めて。
海洋主権宣言であった以上、全然、性質も違うものでしたし、線引きまでも異なるものでした。
>当時、日本漁船がマッカーサーラインを侵して拿捕(だほ)された漁船が 1951年4月だけでも27隻にものぼるほど、日本は魚の確保に必死になっていました(注5)。
日本の漁民が必死になったのは、マッカーサーラインでの制限による東シナ海、黄海での遠洋漁業の厳しさやそれに伴う乱獲(収穫の落ち込み)の影響が大きいのですが、一方で、興味深いのは、韓国が日本船を拿捕しているのが、かなりの数が、マッカーサーラインの枠内ではなかったということです。
1947年2月から1951年3月まで、日本漁船は40件、53隻が韓国に拿捕されていますが、うち漁獲高において中心となる以西底曳漁船(およびトロール)が26件、39隻がでした。その拿捕位置を確認すると、拿捕位置を確認できるのが24件、うち、マッカーサーラインの枠の中で拿捕されたのは6件に過ぎません。明らかになっている資料ではマッカーサーライン枠外で拿捕された船はみな済州島周辺での拿捕となっています。(上記、藤井論文引用表を参照)
さて、竹島周辺ではどうだったのでしょうか。半月城氏が言う「日本漁船がマッカーサーラインを侵して拿捕(だほ)された漁船が 1951年4月だけでも27隻にものぼる」というのは、竹島周辺、しかもマッカーサーライン内側の拿捕だけだったのでしょうか。相当に疑問がある部分です。これもレトリックの一種でしょう。
>マッカーサーラインは講和条約の3日前に撤廃されましたが、その対策を韓国政府がもし立てなかったら、日本漁船による漁業資源の乱獲は火を見るより明らかでした。韓国がマッカーサーラインを引きついで李承晩ラインを設定したのは、善し悪しはともかく、漁業資源の 200カイリ時代を先取りしたものといえます。
あくまで、自称「引き継いだ」のであって、誰も認めてはいなかったのではないでしょうか。また、半月城氏も認めるように「善し悪し」の余地が充分にあるラインであり、むしろ「悪し」として考えられるべきラインであったと見るのが妥当なところでしょう。
ちなみに、韓国における漁獲高は1944年から1951年の8年間を見ても25万トンから30万トン程度で一定しています(25万トンに満たなかった1945年と1950年を除く。それぞれ22万トン程度)。韓国の漁獲高は、基本的に安定的だったともいえるでしょう。
>韓国の主張ですが、条約には独島を日本に編入するという積極的な規定がないので、SCAPIN 677号で同島を日本から分離した規定には何ら変更がない、さらに韓国は独立を達成して以来、独島の管理統治を回復しており、そのような状態の下で対日平和条約の該当事国から正式承認を受けていたとするものです。
相当に苦しい韓国の主張です。平和条約の該当当事国から正式承認を受けていたというのが、何の正式承認を受けていたのか不明ですが(竹島のことでしょうか?)、平和条約の第2条aで、日本の朝鮮の領土権が放棄されているところを見ると、平和条約まで日本による朝鮮への領土権は必ずしも「正式承認」を受けていたのではなく、領土権の最終的な結論は平和条約まで待たなければならなかったとすべきであると思われます。
第21条に照らして、あるときは朝鮮は平和条約に関係しているかのように論じ、一方で、不利益に関しては朝鮮は平和条約とは何の関係もないという韓国式の議論は、どうにも困ったものです。
>韓国やソ連はサンフランシスコ講和条約の非調印国であり、そうした立場の国が同条約により著しい不利益を強制されることはありえません。
したがって、韓国やソ連が SCAPIN 677号にもとづいて、竹島=独島やハボマイ・シコタン諸島を継続統治している現状は、サンフランシスコ講和条約によって影響されるものではありません。
つまり、韓国もロシアも自分で線引きした区域を領土としているのであり、これは講和や条約に基づいていないという点、もとより677号が領土・領域を規定していないことから、「不法占拠」という表現は妥当なところであるといえそうです。
そして、竹島の間に、半月城氏が自ら認められるように「紛争」が存在するわけです。
半月城氏の文章力には一定の敬意を表しますが、行き過ぎたレトリックは、歴史を歪めるものにしかなりません。そして、実際に歪めていらっしゃいます。そういうことはやめてはいただきたいものです。まぁ、文章については、直らないでしょうが。自省を込めて。
これは メッセージ 17729 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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