point9について3
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/02/27 11:48 投稿番号: [17724 / 18519]
③について
基本的に李承晩ラインに対して日本が「公海自由の原則に反する」と批判したのは妥当です。これは米国からも「不当」と非難され、「確立された国際法に反する」とされ、韓国は1ヶ月にして「海上主権」を事実上、撤回しているような始末です。また、沿岸国、新興国の利益優先という「新しい原則」は発生しておらず、むしろそれと対応して漁業管轄権による紛争が関係国間で起きていたともされています(藤井論文)。講和条約第9条は、戦前の日本の乱獲が前提(藤井論文)として考えられるべきであって、李承晩ラインが認定されていたからでは決してありません。
日韓の漁業交渉については、1951年10月に予備会談が始まっていますが、これは確かに日本が積極的ではなかったにせよ、1952年2月からの日韓会談ではかなりの激論が両国で交わされています。「漁船の操業を制限する意志は日本になく」といいますが、内藤氏は本当にこの当時の漁業の実態や日韓会談をご存知なのでしょうか。おまけに「そのための韓国側の自衛措置がマッカーサーラインを継承する李承晩ラインの設定として具現化したのであった」と来ては、時間関係さえも支離滅裂といわざるを得ないようです。
むしろ、マッカーサーラインの線引きを超える形で、済州島の豊富な漁場を確保して線を引いた李承晩ラインは、その主要な目的の一つを明確に示しており、第3次日韓会談において決裂を選んだのも、ほからならぬ韓国であったことを覚えておくべきではないでしょうか。
④について
トルーマン宣言が韓国の竹島領有の根拠になりえないのは言うをまちません。なぜなら、それは他国民と共同開発した漁場は当該国との合意の下で保存水域を設定することになっているからです。もしも韓国がこれを言うなら李承晩ライン水域で日本漁船を一方的に排除することはできないはずであり、実際にそれを主張した日本に対し、韓国がもちだした論理は意味不明の「精神論」でした(藤井論文)。中南米諸国の問題については関係諸国で争いが起こっている事実があり、1930年のハーグ国際法編纂委員会の話を韓国側が出したのはまさに場違いで、自らの首を絞めるだけの結果に終わりました。
感情的な対応しかしなかったという内藤氏の意見、そして水産資源の保護に注目しなかったとの決め付けには、何の根拠もありません。むしろ、韓国側が漁場の現実や魚の状態をほとんどわかっていなかったのが当時の現実でした。機械装備の水準が高かった日本の漁民に対して、韓国側が李承晩ラインを盾に、自国の漁民の利益を守るために会談破棄まで行なったというのが現実ではないでしょうか。調査、保護については、日本が一歩先んじていたといってもいいでしょう。戦前の乱獲はそれはそれで批判されるべきところはあるとしてもです。
内藤氏には、根拠のない入門書を出すのは、正直、やめていただきたいものだと思います。
*藤井論文出典については「point9について2」をご参照ください。
基本的に李承晩ラインに対して日本が「公海自由の原則に反する」と批判したのは妥当です。これは米国からも「不当」と非難され、「確立された国際法に反する」とされ、韓国は1ヶ月にして「海上主権」を事実上、撤回しているような始末です。また、沿岸国、新興国の利益優先という「新しい原則」は発生しておらず、むしろそれと対応して漁業管轄権による紛争が関係国間で起きていたともされています(藤井論文)。講和条約第9条は、戦前の日本の乱獲が前提(藤井論文)として考えられるべきであって、李承晩ラインが認定されていたからでは決してありません。
日韓の漁業交渉については、1951年10月に予備会談が始まっていますが、これは確かに日本が積極的ではなかったにせよ、1952年2月からの日韓会談ではかなりの激論が両国で交わされています。「漁船の操業を制限する意志は日本になく」といいますが、内藤氏は本当にこの当時の漁業の実態や日韓会談をご存知なのでしょうか。おまけに「そのための韓国側の自衛措置がマッカーサーラインを継承する李承晩ラインの設定として具現化したのであった」と来ては、時間関係さえも支離滅裂といわざるを得ないようです。
むしろ、マッカーサーラインの線引きを超える形で、済州島の豊富な漁場を確保して線を引いた李承晩ラインは、その主要な目的の一つを明確に示しており、第3次日韓会談において決裂を選んだのも、ほからならぬ韓国であったことを覚えておくべきではないでしょうか。
④について
トルーマン宣言が韓国の竹島領有の根拠になりえないのは言うをまちません。なぜなら、それは他国民と共同開発した漁場は当該国との合意の下で保存水域を設定することになっているからです。もしも韓国がこれを言うなら李承晩ライン水域で日本漁船を一方的に排除することはできないはずであり、実際にそれを主張した日本に対し、韓国がもちだした論理は意味不明の「精神論」でした(藤井論文)。中南米諸国の問題については関係諸国で争いが起こっている事実があり、1930年のハーグ国際法編纂委員会の話を韓国側が出したのはまさに場違いで、自らの首を絞めるだけの結果に終わりました。
感情的な対応しかしなかったという内藤氏の意見、そして水産資源の保護に注目しなかったとの決め付けには、何の根拠もありません。むしろ、韓国側が漁場の現実や魚の状態をほとんどわかっていなかったのが当時の現実でした。機械装備の水準が高かった日本の漁民に対して、韓国側が李承晩ラインを盾に、自国の漁民の利益を守るために会談破棄まで行なったというのが現実ではないでしょうか。調査、保護については、日本が一歩先んじていたといってもいいでしょう。戦前の乱獲はそれはそれで批判されるべきところはあるとしてもです。
内藤氏には、根拠のない入門書を出すのは、正直、やめていただきたいものだと思います。
*藤井論文出典については「point9について2」をご参照ください。
これは メッセージ 17723 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/17724.html