中国が法的根拠にしている「カイロ宣言」
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2009/03/04 00:32 投稿番号: [17388 / 18519]
ちょっとここで一息入れたいと思います。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaimon-1892/
上記の解説で軍艦海門は尖閣には行っていない旨記載しました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kikan-okinawa63/
上記「06」の8ページ下段を見れば分かりますが、「同列島に対する実地調査は明治25年軍艦海門によっても行われた(注 ただしこの事実は目下のところ第一次資料によって確認されたものではない)」とあります。
政府の外郭団体が発行した論文にも関わらず、第一次資料で確認していないものを載せるとは噴飯ものですね。日本は食品偽装も建築偽装も歴史歪曲も今や"お家芸"になっております。一次資料で確認されたものではないのであれば、何の資料を見て海門が尖閣に行ったと主張しているのでしょうか?
私が調べれば日本政府もグーの根の出ません。これからも徹底的に調査しアップロードします。
あと、以前どなたかが私のHPを指して「kunitaka氏のHPは国際法からのアプローチが弱い」と言っていましたが、先ずは史料のアップロードと思って、今まで国際法から見た領土問題は記述しておりませんでした。
ここで私の意見を開陳したいと思います。
2004年3月、つまり尖閣諸島の争議が起こったとき、米国国務院のスポークスマンは「1972年以来、尖閣群島は沖縄の一部分である。日本に返還されて以来、その列島は日本政府の行政管轄下にある」ことを明らかにし、続けて「1960年に締結した日米安保条約第五条は、同条約は日本管轄下の領土に適用されるとしており、そのため第五条は尖閣群島にも適用される」と述べております。
尖閣群島は行政上、琉球列島の一部分です。サンフランシスコ講和条約第三条では「南西諸島」内に組み込まれております。第二次大戦後、米国が占領し、27年間管轄し、1972年にその主権は沖縄返還の一環として日本へ返しております。
http://www.libertytimes.com.tw/2008/new/jul/29/today-p7.htm
また、中国が尖閣諸島問題で事あるごとに持ち出している、2つの宣言に対する解釈も間違いです。カイロ宣言もポツダム宣言も宣言というのは、声明、広報であって条約ではないので、もともと法的根拠にはならい。国際法の根拠になるのは条約です。
尖閣が台湾に属すのであれば、尖閣は中国の領土ではありません。
東寧王・鄭経の『閩海紀要(びんかいきよう)』1633年
明の遺臣であった黄宗羲の『賜姓始末』、『鄭成功伝』
金賓の『康煕(こうき)福建通志台湾府』
高拱乾の『台湾府志』
楊廷耀の『台湾府志』
連横の『台湾通史』
郁氷河『裨海遊記』
周元文の『重修台湾府志』
周鐘瑄の『諸羅県志』
雍正帝の『東華録選輯』
黄淑敬の『台海使槎録』
沈起元の『台湾理蕃古文書』
明の遺臣・沈光文の『重修台湾府志』
清の康煕帝の『清聖祖実録選輯』
清の将軍・頼塔の『清史講義選録』
洪亮吉『乾隆府庁洲県図志・台湾府』
呉子光『台湾記事』
※上記には、台湾は毘舎耶国(フィリピン)に属すると書かれてある。
当時の中国の政治家や知識人が書いた書籍だけでなく、国家最高権威の「正史」でさえ、台湾は古(いにしえ)より中国と通ぜずとあります。中国大陸から見て台湾でさえそのような認識しかないのに、台湾より更に先にある無人島の尖閣が中国の領土であるはずがありません。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaimon-1892/
上記の解説で軍艦海門は尖閣には行っていない旨記載しました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kikan-okinawa63/
上記「06」の8ページ下段を見れば分かりますが、「同列島に対する実地調査は明治25年軍艦海門によっても行われた(注 ただしこの事実は目下のところ第一次資料によって確認されたものではない)」とあります。
政府の外郭団体が発行した論文にも関わらず、第一次資料で確認していないものを載せるとは噴飯ものですね。日本は食品偽装も建築偽装も歴史歪曲も今や"お家芸"になっております。一次資料で確認されたものではないのであれば、何の資料を見て海門が尖閣に行ったと主張しているのでしょうか?
私が調べれば日本政府もグーの根の出ません。これからも徹底的に調査しアップロードします。
あと、以前どなたかが私のHPを指して「kunitaka氏のHPは国際法からのアプローチが弱い」と言っていましたが、先ずは史料のアップロードと思って、今まで国際法から見た領土問題は記述しておりませんでした。
ここで私の意見を開陳したいと思います。
2004年3月、つまり尖閣諸島の争議が起こったとき、米国国務院のスポークスマンは「1972年以来、尖閣群島は沖縄の一部分である。日本に返還されて以来、その列島は日本政府の行政管轄下にある」ことを明らかにし、続けて「1960年に締結した日米安保条約第五条は、同条約は日本管轄下の領土に適用されるとしており、そのため第五条は尖閣群島にも適用される」と述べております。
尖閣群島は行政上、琉球列島の一部分です。サンフランシスコ講和条約第三条では「南西諸島」内に組み込まれております。第二次大戦後、米国が占領し、27年間管轄し、1972年にその主権は沖縄返還の一環として日本へ返しております。
http://www.libertytimes.com.tw/2008/new/jul/29/today-p7.htm
また、中国が尖閣諸島問題で事あるごとに持ち出している、2つの宣言に対する解釈も間違いです。カイロ宣言もポツダム宣言も宣言というのは、声明、広報であって条約ではないので、もともと法的根拠にはならい。国際法の根拠になるのは条約です。
尖閣が台湾に属すのであれば、尖閣は中国の領土ではありません。
東寧王・鄭経の『閩海紀要(びんかいきよう)』1633年
明の遺臣であった黄宗羲の『賜姓始末』、『鄭成功伝』
金賓の『康煕(こうき)福建通志台湾府』
高拱乾の『台湾府志』
楊廷耀の『台湾府志』
連横の『台湾通史』
郁氷河『裨海遊記』
周元文の『重修台湾府志』
周鐘瑄の『諸羅県志』
雍正帝の『東華録選輯』
黄淑敬の『台海使槎録』
沈起元の『台湾理蕃古文書』
明の遺臣・沈光文の『重修台湾府志』
清の康煕帝の『清聖祖実録選輯』
清の将軍・頼塔の『清史講義選録』
洪亮吉『乾隆府庁洲県図志・台湾府』
呉子光『台湾記事』
※上記には、台湾は毘舎耶国(フィリピン)に属すると書かれてある。
当時の中国の政治家や知識人が書いた書籍だけでなく、国家最高権威の「正史」でさえ、台湾は古(いにしえ)より中国と通ぜずとあります。中国大陸から見て台湾でさえそのような認識しかないのに、台湾より更に先にある無人島の尖閣が中国の領土であるはずがありません。
これは メッセージ 17387 (senkaku_islands さん)への返信です.
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