竹島

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Re: 内藤正中インタビュー

投稿者: take_8591 投稿日時: 2008/11/16 17:40 投稿番号: [17138 / 18519]
   この記事は、内藤正中氏が、「竹島=独島問題入門」により外務省パンフを批判し、又、この度受勲のこととなったので、これを機会に朝鮮日報記者がしたインタビューの内容です。しかし、このインタビュー内容は、明らかに「竹島=独島問題入門」で示した内藤見解と異なります。
   どうして、こんなことになるのでしょうか。朝鮮日報記者の不勉強でしょうか?   内藤正中氏の意見をまともに取り扱うのが間違いなのでしょうか?

  ---------- 「竹島=独島問題入門」抜粋  ----------
   日本政府のリャンコ島領土編入の5年前になる1900年には、韓国政府が大韓帝国勅令第41号により、鬱陵島を鬱島に改め、竹島と石島を加えて新しく鬱島郡を設置する行政的な整備を行った。そこでの竹島は現在のチェクトであり、石島が現独島を指すとされている。したがって、この勅令によリ、独島に対する韓国の領有権は明確にされることになったのである。
   この当時、独島については、日本での松島をはじめ、リアンクール列岩、リャンコ、ヤンコなどと呼ぱれていたが、鬱陵島在住者は全羅道出身者が多かったことから、その方言でトル(石)をドク(独)とも発音することから、はるか彼方の岩石の島をトル島と呼んでいたものが、漢字表記するにあたって石島になったとする。発音のままなら独島である。したがって、1904年9月25日の日本海軍の新高の『行勧日誌』では、鬱陵島でリアンコルド岩を見た者から得た情報として、「リアンコルド岩、韓人之を独島と書し、本邦漁夫等略してリャンコ島と呼称せり」と記しているのであった。
   なお、外務省のパンフレットは、「同勅令の公布前後に、朝鮮が竹島を実効的に支配してきたという事実はなく、韓国による竹島の領有権は確立していなかったと考えられます」と記している。1900年の当時、「朝鮮」は大韓帝国があり、「竹島」は松島あるいはリャンコ島、ヤンコ島であった。この当時、韓国進出のガイドブックとして日本人が執筆刊行した著書でほ、ヤンコ島を韓国江原道鬱陵島の属島としているのである。すなわち、葛生修亮『輪海通漁指針』(1903年)、岩永重華『最新韓国実業指針』(1904年)、田渕友彦『韓国新地理』(1905年)などである。独島はヤンコ島と呼ばれ、韓国領の島として取り扱われていることは、領有権を確立していることを意味している。なお、『韓海通漁指針』には、農商務省の牧朴真水産局長が、『最新韓国実業指針』には外務省の山座円次郎政務局長が序文を寄せている。
   1906年3月に、島根県官員一行が鬱陵島を訪問したさい、鬱島郡寺沈興澤はそのことを江原道観察使に報告した文書のなかで、「本郡所属独島」と島根県に編入された竹島について記している。饒島郡守は独島を管轄下に明確に掌握しているのであった。
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