AHOが火病になったワケ
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/06/09 16:52 投稿番号: [16746 / 18519]
<独立云々に関するAHOのコメントの経緯>
【AHO:No.16658】
結局はシンガポール独立後の諸行為を決定的なものと認定しました。
【AHO:No.16671(1959年の独立前の実効支配が認められたことへの反論)】
歴史的な経緯はふまえつつ、最終的に具体化したのは1980年、ミドルロックは1993年。いずれも独立後。
【AHO: No.16685(ミドルロックの原始的権原に対して)】
それで主権が確立したと認めたんか?(爆)
【AHO: No. 16697】
新興国の独立=新国家の形成をインチキ国際法でどうやって説明するか、楽しみです。
【AHO: No. 16708】
「新国家の形成段階における一定の事実」の意味わかるか?
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さて、AHOは、「独立後」であることを強調し、宗主国の同意なくして独立国が勝手に宗主国の領域権原を搾取できると考えているものと思われます。No.16671は、PedraBranca島においてシンガポール独立前の1959年のレポートが裁判所に有効と認定されている事実の反論としてAHOがコメントしたものです。即ち、1980年及び1993年に具体化したものが「領域権原若しくは主権」でなければ、反論として成立してないことになります。しかし、1980年に具体化したものでは「領域権原」ではなく、「紛争」であり決定的期日と設定された年です。
<原文>
It further observes that the dispute as to sovereignty over Middle Rocks and South Ledge crystallized on 6 February 1993
AHOは、sovereignty over Middle Rocks and South Ledgeがcrystallizedされたと勘違いしているものと推察されます。濁った水晶体で判例をみるため、このようなAHOな間違いができるのでしょう。そして、AHOが指摘したこの1980年及び1993年の決定的期日は、戦後の韓国の占有の法的効果を否定していることになるわけです。見事な墓穴です。哀れなAHOが火病になるのもわかるといった所です。更に彼は、墓穴を掘り続けます。
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【AHO: No. 16737】
中でも個人的に注目したのは、1953年からシンガポール独立後の1980年(決定的期日)までの実効支配では短すぎると云う意見です。
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そうです。この判決はシンガポール及びマレーシアの独立の後や前かなんて意識してません。シンガポール独立前の1953年からの実効支配の有無が決め手になったわけです。
【AHO:No.16658】
結局はシンガポール独立後の諸行為を決定的なものと認定しました。
【AHO:No.16671(1959年の独立前の実効支配が認められたことへの反論)】
歴史的な経緯はふまえつつ、最終的に具体化したのは1980年、ミドルロックは1993年。いずれも独立後。
【AHO: No.16685(ミドルロックの原始的権原に対して)】
それで主権が確立したと認めたんか?(爆)
【AHO: No. 16697】
新興国の独立=新国家の形成をインチキ国際法でどうやって説明するか、楽しみです。
【AHO: No. 16708】
「新国家の形成段階における一定の事実」の意味わかるか?
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さて、AHOは、「独立後」であることを強調し、宗主国の同意なくして独立国が勝手に宗主国の領域権原を搾取できると考えているものと思われます。No.16671は、PedraBranca島においてシンガポール独立前の1959年のレポートが裁判所に有効と認定されている事実の反論としてAHOがコメントしたものです。即ち、1980年及び1993年に具体化したものが「領域権原若しくは主権」でなければ、反論として成立してないことになります。しかし、1980年に具体化したものでは「領域権原」ではなく、「紛争」であり決定的期日と設定された年です。
<原文>
It further observes that the dispute as to sovereignty over Middle Rocks and South Ledge crystallized on 6 February 1993
AHOは、sovereignty over Middle Rocks and South Ledgeがcrystallizedされたと勘違いしているものと推察されます。濁った水晶体で判例をみるため、このようなAHOな間違いができるのでしょう。そして、AHOが指摘したこの1980年及び1993年の決定的期日は、戦後の韓国の占有の法的効果を否定していることになるわけです。見事な墓穴です。哀れなAHOが火病になるのもわかるといった所です。更に彼は、墓穴を掘り続けます。
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【AHO: No. 16737】
中でも個人的に注目したのは、1953年からシンガポール独立後の1980年(決定的期日)までの実効支配では短すぎると云う意見です。
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そうです。この判決はシンガポール及びマレーシアの独立の後や前かなんて意識してません。シンガポール独立前の1953年からの実効支配の有無が決め手になったわけです。
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