竹島=独島編入にたいする反発4
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/05/11 22:24 投稿番号: [1661 / 18519]
日本では明治の元勲とされ、紙幣にも登場した伊藤博文ですが、韓国では武力を背景に「あまりダダをこねるようだったら、殺ってしまえ」と他国の総理を脅迫する人物であり、そのさまは帝国主義の本性むきだしでした。
余談ですが、結局かれは韓国民にとって憎悪の的となり、安重根により暗殺されたのはよく知られているとおりです。
こうして日本の保護国になった韓国は外交権は剥奪され、12月、韓国駐在の外国公使館が閉鎖されたのにつづいて、翌年1月には外部(外務省)も廃止されました。2月、日本の統監府とその指揮下の理事庁が事務を開始し、韓国を日本の支配下におきました。日本の韓国統治は 1910年の日韓併合に始まったのではなく、1905年の保護条約の時点でスタートしたのでした。皇城新聞の廃刊はそんななかでなされました。
こうなると、日本はもはや竹島=独島編入を隠しておく必要がまったくなくなりました。最初に書いたように、3月「竹島視察団」が大手を振って鬱島郡守を訪問して、公然と竹島=独島編入を告げたのでした。このような状況下では、韓国は日本による竹島=独島の領土編入を知ったところで、それになんら抗議できる立場にはありませんでした。
(注1)愼𨉷廈『獨島領有權資料の探求』第2巻(韓国語)獨島研究保全協会,1999
(注2)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000
(注3)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999.5
(注4)海野福寿『韓国併合』岩波新書,1995
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 1660 (hangetsujoh さん)への返信です.
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