外務省パンフ批判9、不法占拠?
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/05/17 09:09 投稿番号: [16555 / 18519]
9.竹島=独島での不法漁業?
不法占拠?
パンフレットは韓国の平和線、いわゆる李承晩ラインについてこう記しました。
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9-1 1952(昭和27)年1月、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。
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パンフレットは平和線が作られた経緯について何も記しませんでしたが、平和線は連合軍のGHQが日本船舶の航行を禁止したマッカーサーラインをほぼ引き継いだものでした。
マッカーサーラインとは、GHQ指令 SCAPIN 1033号「日本の漁業及び捕鯨業許可区域に関する覚書」を指すのですが、もちろん合法的なものでした。
マッカーサーラインが作られたのは、アメリカの漁業・海洋資源に対する保護政策にもとづきます。当時の背景をデジタル平凡社の百科事典はこう記しました。
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1945年9月にアメリカの大統領トルーマンは海洋政策に関する二つの宣言を発表した。その一つは,大陸棚に関する宣言で,アメリカの領海以遠の大陸棚に存在する鉱物資源をアメリカの管轄権におくことを宣言したものである。他の一つは,保存水域に関する宣言で,外国漁船の活動から漁業資源を保護するために,アメリカ沿岸に隣接する公海に保存水域を設定する権利を主張したものであった。
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こうした保護政策の積み重ねが今日の 200カイリ時代を築いたのですが、GHQは優秀な日本漁船による乱獲を警戒してマッカーサーラインを作ったのでした。しかし、当時の日本は極度の食糧難時代とあって、日本漁船によるマッカーサーラインの侵犯はあとを絶ちませんでした。例をあげると、1951年4月だけでも拿捕(だほ)された漁船は27隻、抑留された漁船員は330人にも達しました(注1)。
こうした状況で、もしサンフランシスコ条約を機にマッカーサーラインが廃止されたらどうなるでしょうか? 日本漁船による乱獲は火を見るより明らかでした。
これに危機感をもった韓国の李承晩大統領は、1952年1月「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」を発し、マッカーサーラインとほぼ同じような平和線を設定しました。
前にも書きましたが、一般に条約当事国でない第3国は、他国間の条約により利益を受けることはあっても不利益をこうむらないことは当時の慣習国際法です。
サンフランシスコ条約の非調印国である韓国は、同条約を機にマッカーサーラインという権益が損なわれるのを黙過できなかったのでした。そのため、同ラインを実質的に維持する措置として平和線を設けたのは当然の成りゆきでした。それは今日の海洋200カイリ時代を先取りしたアメリカの遺産といえます。
(つづく)
パンフレットは韓国の平和線、いわゆる李承晩ラインについてこう記しました。
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9-1 1952(昭和27)年1月、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。
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パンフレットは平和線が作られた経緯について何も記しませんでしたが、平和線は連合軍のGHQが日本船舶の航行を禁止したマッカーサーラインをほぼ引き継いだものでした。
マッカーサーラインとは、GHQ指令 SCAPIN 1033号「日本の漁業及び捕鯨業許可区域に関する覚書」を指すのですが、もちろん合法的なものでした。
マッカーサーラインが作られたのは、アメリカの漁業・海洋資源に対する保護政策にもとづきます。当時の背景をデジタル平凡社の百科事典はこう記しました。
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1945年9月にアメリカの大統領トルーマンは海洋政策に関する二つの宣言を発表した。その一つは,大陸棚に関する宣言で,アメリカの領海以遠の大陸棚に存在する鉱物資源をアメリカの管轄権におくことを宣言したものである。他の一つは,保存水域に関する宣言で,外国漁船の活動から漁業資源を保護するために,アメリカ沿岸に隣接する公海に保存水域を設定する権利を主張したものであった。
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こうした保護政策の積み重ねが今日の 200カイリ時代を築いたのですが、GHQは優秀な日本漁船による乱獲を警戒してマッカーサーラインを作ったのでした。しかし、当時の日本は極度の食糧難時代とあって、日本漁船によるマッカーサーラインの侵犯はあとを絶ちませんでした。例をあげると、1951年4月だけでも拿捕(だほ)された漁船は27隻、抑留された漁船員は330人にも達しました(注1)。
こうした状況で、もしサンフランシスコ条約を機にマッカーサーラインが廃止されたらどうなるでしょうか? 日本漁船による乱獲は火を見るより明らかでした。
これに危機感をもった韓国の李承晩大統領は、1952年1月「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」を発し、マッカーサーラインとほぼ同じような平和線を設定しました。
前にも書きましたが、一般に条約当事国でない第3国は、他国間の条約により利益を受けることはあっても不利益をこうむらないことは当時の慣習国際法です。
サンフランシスコ条約の非調印国である韓国は、同条約を機にマッカーサーラインという権益が損なわれるのを黙過できなかったのでした。そのため、同ラインを実質的に維持する措置として平和線を設けたのは当然の成りゆきでした。それは今日の海洋200カイリ時代を先取りしたアメリカの遺産といえます。
(つづく)
これは メッセージ 16542 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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