Re: 朝鮮の領土の東限2
投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/02/09 21:17 投稿番号: [16332 / 18519]
大韓地誌についてですが、石島に関する記述はありません。
大韓地誌に付属する大韓全図にも石島はありません。于山という記述が鬱陵島
のすぐ右にありますが、これが竹嶼であるのは既に完全に確定済みです。(そ
れでも于山は竹島だという人はいるでしょうが、そういう「這っても黒豆」な人とは議論してもしょうがないのです。)
さて、大韓全図(
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/mapdaikan.html)
ですが、鬱陵島も韓露国境もほぼ東経130度20分〜25分付近に描かれています。
当時日本が持っていた資料と比べても約30分西にずれています。
大韓全図は経緯度は入っていても実測図ではありませんから、この程度の誤差はやむを得なかったと思われます。
玄采は朝鮮の東端を東経130度35分としましたが、この値を採用した理由は分かりません。朝鮮水路志の鬱陵島の東経130度55分を採用したのでは自分たちの認識や大韓全図との齟齬が酷くて採用し難かったのかもしれません。
東経130度35分を採用しても、鬱陵島を含む朝鮮領土全体が含まれるのは明らかですから、大韓地誌内部で矛盾が生じることはありません。経度で10分程度の差なら誤差の範囲といえるでしょう。
地図を見れば、鬱陵島あるいは韓露国境が韓国の東端だと玄采が考えていたことは疑いようもありません。
なお、リヤンクール岩への領有意識など微塵もないことは本文中にも地図にも記載が無いことから明らかです。
地図の精度が上がった1905年前後からは、東経130度55分あたりを東端とする文献が殆どとなりますが、鬱陵島あるいは図満江河口を東端とする意識に
何ら変化はありませんでした。
これは メッセージ 16329 (puracyaka2007 さん)への返信です.
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