Re: Re:Re: 石島=独島説の秘密1
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/02/07 00:59 投稿番号: [16291 / 18519]
Am_I_AHO_1st さん
>>日本が独島の領有権を主張し始めるよりも大分以前の話のようですし、何の目的ででっちあげる必要があったとお考えですか。
少なくとも二国間の論争に有利に働かせる目的で作為を働かせた可能性はないと判定して宜しいでしょう。
「史的検証竹島独島」での洪在現の証言は1883年の鬱陵島入島の時二十歳位であった洪在現が八十五歳の時の韓国側の学術調査の時のものです。
この学術調査は1947年に行われたもので、確認は出来てませんが方鍾鉉氏もこの調査団の一員であった可能性があります。
そもそも韓国側が学術調査をしたのは独島を領有するための準備のためであるのは明らかですし、この証言が公開されたのは1965年です。
もうひとつの証言も日本が竹島の領有権を主張した後公開されたものです。
もともと独島という名前の由来には三つの説がありどれが正しいのかは分かっていませんでした。
その一つが方鍾鉉氏の石島由来説です。もう一つが離れ島由来説です。これは竹島=独島が孤独な離れ小島であるので意味を取って独島としたとする説です。
最後が甕島由来説です。甕とはかめ・つぼという意味であり古い韓国語で"dok"と発音します。鬱陵島から見た竹島=独島が甕を横にした上半分の形に似ていることからdok島と呼ばれるようになり、音を取って独島と書いたとする説です。
鬱陵島から見た竹島
http://www.dokdo-takeshima.com/dokdo-from-ulleungdo.jpg 勅令四十一号の石島が竹島=独島であることを証明するためには石島と独島、この二つの言葉に関連があることを証明しなければなりませんが、これが可能なのは石島由来説だけです。
そこで石島由来説が正しいことを証明するために愼𨉷廈氏が勅令41号が発布された1900年当時の鬱陵島開拓民は全羅道出身者が過半数を占めていたという話をでっちあげて他の二説を封印してしまったのではないかと私は考えました。
これが私の言うところの「石島=独島説の秘密」です。
これは メッセージ 16282 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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