識者の「外一島」認識
投稿者: take_8591 投稿日時: 2008/01/26 22:47 投稿番号: [16175 / 18519]
以下に、半月城さんの(No.16167)に続けて、最終報告書156頁以降を引用します。
-------------- No.16167 --------------------------------------
学者たちの見解は、次のようにほとんど「外一島」を松島(竹島=独島)とみました。
1.堀和生教授、「外一島」は松島(竹島=独島)(注1)。
2.塚本孝氏、「外一島」は松島(竹島=独島)(注2)。
3.内藤正中教授、「外一島」は松島(竹島=独島)(注3)。
4.舩杉力修教授、「外一島」は松島(竹島=独島)?(注4)。
一連の文書で現在の独島を日本領でないと規定
5.下條正男教授、毎年のように見解が変わり定見がない。
ちなみに下條氏の「外一島」に関する変説の遍歴は下記のとおりです(注5)。
2004、5年、「外一島」は竹島=独島かどうか不明。
2006年、 「外一島」は現在の竹島=独島とみられる。
2007年3月、島根県のいう「外一島」は「磯竹島略図」の松島、すなわち竹島=独島。
太政官のいう「外一島」は欝陵島。
2007年9月、島根県のいう「外一島」は欝陵島。
学者以外では『日本海と竹島』を出版した(医)厚生医学会理事長の大西俊輝氏が「竹島外一島」を竹島(アルゴノート島、武陵島)、松島(ダジュレー島、于山島)としました。アルゴノートは架空の島、ダジュレー島は欝陵島を指します。
(注1)堀和生「1905年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987,P103
(注2)塚本孝「竹島領有権の経緯」『調査と情報』第244号、1994年、P4
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版、2000、P131
(注4)舩杉力修『「竹島問題に関する調査研究」最終報告書』2007、P156
「磯竹島略図」の解釈についてであるが、以下のことが指摘できる。
① 一連の文書では竹島外一島は日本領でないと書いてあるが、現在の竹島が朝鮮領であるとは書かれていない。現在の独島を韓国領であると日本政府が認めたという解釈は明らかに間違っている。日本領でないと規定しただけである。・・・」
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② ・・・明治初期における日本政府の竹島松島に対する地理的認識について考慮する必要がある。・・・
③ ・・・明治初期における日本政府の地理的認識は、地図の分析から、竹島はアルゴノート島、松島はダジュレー島(鬱陵島)であったと考えるのが妥当であり、いわゆる「外一島」が現在の竹島を指していたかどうかは極めて疑わしいといえる。・・・
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島根県「竹島問題研究会」最終報告書の冒頭文に、次のとおりです。
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2006年11月上旬、鬱陵島の現地調査を通じ、鬱陵島に対する日韓双方の地理的認識の違いを明らかにすると共に、文献批判に基づいて次の点を確認した。
① 太政官指令の「竹島外一島、本邦之関係なし」の中には、現在の竹島は含まれていない。
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この事から、島根県「竹島問題研究会」は、「松島=ダジュレー島」を確認したと認められます。下條氏と船杉氏ではその認識強度に違いがあるかも知れません。そして、最終報告書には「塚本孝」の名前があります。この方が(注2)の塚本孝氏であるならば、塚本氏も又消極的にせよ「松島=ダジュレー島」の確認に加わったと認められます。
これで、半月城さんの揚げた6人の識者の内4人までが、「松島=ダジュレー島」説に賛同したことになります。
内藤氏は、(No.16137)で示したように「松島=ダジュレー島」説に賛同しているようにも見受けられます。但し、この説を唱える下條氏の質問に「答えに窮した」状態を脱却した後に発表される論文を待って判断する必要があります。
堀氏の論文は20年前のものですから、その持論を維持しているか否か不明です。
識者たちの見解は、以上のようにほとんど「外一島」を松島(竹島=独島)とみていません。
-------------- No.16167 --------------------------------------
学者たちの見解は、次のようにほとんど「外一島」を松島(竹島=独島)とみました。
1.堀和生教授、「外一島」は松島(竹島=独島)(注1)。
2.塚本孝氏、「外一島」は松島(竹島=独島)(注2)。
3.内藤正中教授、「外一島」は松島(竹島=独島)(注3)。
4.舩杉力修教授、「外一島」は松島(竹島=独島)?(注4)。
一連の文書で現在の独島を日本領でないと規定
5.下條正男教授、毎年のように見解が変わり定見がない。
ちなみに下條氏の「外一島」に関する変説の遍歴は下記のとおりです(注5)。
2004、5年、「外一島」は竹島=独島かどうか不明。
2006年、 「外一島」は現在の竹島=独島とみられる。
2007年3月、島根県のいう「外一島」は「磯竹島略図」の松島、すなわち竹島=独島。
太政官のいう「外一島」は欝陵島。
2007年9月、島根県のいう「外一島」は欝陵島。
学者以外では『日本海と竹島』を出版した(医)厚生医学会理事長の大西俊輝氏が「竹島外一島」を竹島(アルゴノート島、武陵島)、松島(ダジュレー島、于山島)としました。アルゴノートは架空の島、ダジュレー島は欝陵島を指します。
(注1)堀和生「1905年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987,P103
(注2)塚本孝「竹島領有権の経緯」『調査と情報』第244号、1994年、P4
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版、2000、P131
(注4)舩杉力修『「竹島問題に関する調査研究」最終報告書』2007、P156
「磯竹島略図」の解釈についてであるが、以下のことが指摘できる。
① 一連の文書では竹島外一島は日本領でないと書いてあるが、現在の竹島が朝鮮領であるとは書かれていない。現在の独島を韓国領であると日本政府が認めたという解釈は明らかに間違っている。日本領でないと規定しただけである。・・・」
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② ・・・明治初期における日本政府の竹島松島に対する地理的認識について考慮する必要がある。・・・
③ ・・・明治初期における日本政府の地理的認識は、地図の分析から、竹島はアルゴノート島、松島はダジュレー島(鬱陵島)であったと考えるのが妥当であり、いわゆる「外一島」が現在の竹島を指していたかどうかは極めて疑わしいといえる。・・・
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島根県「竹島問題研究会」最終報告書の冒頭文に、次のとおりです。
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2006年11月上旬、鬱陵島の現地調査を通じ、鬱陵島に対する日韓双方の地理的認識の違いを明らかにすると共に、文献批判に基づいて次の点を確認した。
① 太政官指令の「竹島外一島、本邦之関係なし」の中には、現在の竹島は含まれていない。
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この事から、島根県「竹島問題研究会」は、「松島=ダジュレー島」を確認したと認められます。下條氏と船杉氏ではその認識強度に違いがあるかも知れません。そして、最終報告書には「塚本孝」の名前があります。この方が(注2)の塚本孝氏であるならば、塚本氏も又消極的にせよ「松島=ダジュレー島」の確認に加わったと認められます。
これで、半月城さんの揚げた6人の識者の内4人までが、「松島=ダジュレー島」説に賛同したことになります。
内藤氏は、(No.16137)で示したように「松島=ダジュレー島」説に賛同しているようにも見受けられます。但し、この説を唱える下條氏の質問に「答えに窮した」状態を脱却した後に発表される論文を待って判断する必要があります。
堀氏の論文は20年前のものですから、その持論を維持しているか否か不明です。
識者たちの見解は、以上のようにほとんど「外一島」を松島(竹島=独島)とみていません。
これは メッセージ 16165 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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