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朴世堂『西渓雑録』の誤読、下條批判2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/12/29 10:18 投稿番号: [16065 / 18519]
   下條氏は「海洋水産動向」1250号をきちんと確認せずに、新聞記事を誤読し、柳博士が「誤謬」をおかしたなどと書くのは余りにも独善的ではないでしょうか。同書にて柳博士は「2島(欝陵島と于山島を指す、柳注)がここからさほど遠くなく」と正しく読みくだしており、下條氏の指摘が誤謬であることが明らかです。つぎに同書の関連部分を紹介します。
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「海洋水産動向」1250号
  「于山島は独島」を立証する朝鮮時代の史料を発掘
   ・・・・・
  朴世堂(注3)の「欝陵島」(注4)は大きく四部から構成されている。
  第1部は『新増東国輿地勝覧』を引用した部分
  第2部は、壬辰倭乱の時に捕虜として捕えられ、日本の船に乗り、欝陵島へ行って帰った僧侶から聞いた話を記録した部分
  第3部は 1694年9月2日に張漢相が軍官の報告を元に備辺司へ報告した内容
  第4部は同年の1694年9月20日から10月3日まで張漢相が捜討した状況を備辺司へ報告した内容からなる。

   この中で第4部は張漢相の『蔚陵島事蹟』に載っている内容とほぼ同じである。朴世堂は第2部、前述の僧侶から聞いた話を伝え、自分の意見を加えたが、ここで于山島が独島であることを物語る重要な記述が次のように含まれている。

  「たいがい、2島(欝陵島と于山島を指す、柳注)がここからさほど遠くなく、ひとたび大風が吹けば到達できる程度である。于山島は地勢が低く、天候がくっきり晴れていないとか、最頂上に登らないと見えない。欝陵が(于山島より、柳注)少し高い(注5)」

   このような内容がまさに于山島が独島であることを証明する重要な根拠といえる。上の文章をつうじて我々は次のような事実を知ることができる。
  第1にこの文で欝陵島と于山島が明らかに違う島と区分される点である。
  第2に二島の距離と位置関係が明らかにされており、これから于山島は少なくとも欝陵島近隣の島を指すものではないという点が明らかになったのである。
  第3に于山島が欝陵島より少し低いところにあるので、欝陵島からは簡単に見ることができないということを知ることができる。欝陵島が于山島より少し高いので、天候が晴れているとか、高いところへ登って初めて于山島が見えるとしたためである。
  第4に上に述べたように、朴世堂の記録は張漢相が于山島に対し、「東側に海を望んだところ、東南方向に島がひとつかすかにあるが・・・」と表現したこととぴったり合う点である。

   張漢相は聖人峰から東南方向に島が一つかすかに見えるとしたが、朴世堂の記録は于山島は非常にくっきり晴れた日に欝陵島の高いところだけで見えるとした。こうした事実を考慮すると、朴世堂が語る「于山島」は張漢相のいう、まさに「かすかな島」に該当する。
   欝陵島から離れていて、くっきり晴れた日に高いところだけから見える島は現在の独島以外にないためである。したがって、結論をいうと朴世堂のいう于山島と、張漢相のいう東南方向の島は現在の独島をさすのは明らかである。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   余談ですが、柳博士は数年間にわたって朴世堂の『西渓集』を購読してきた方です(注6)。そのような専門家に対し、事実関係や原典をろくに確認せず「漢文が読めないための誤謬」などと誹謗するのは、いかにも下條正男教授らしいやり方ではないでしょうか。蛇足ですが「原典を確認せよ」は大学院教育の第1歩です。大学教授ならそれくらいは先刻承知済みでしょうが。
(つづく)
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