Re: 于山島はやっぱり独島
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/12/23 10:51 投稿番号: [16055 / 18519]
ararenotomoさん、
>>「壬辰之亂の俘」と称したのは朝鮮社会で生き抜くための偽称でしょう。彼らは竹島が物産豊富な島と聞き、自主的に竹島へ渡ったのかもしれません。
たしかに当時鬱陵島に行くことは国禁であり、朝廷にばれたら処罰されてしまいますから、偽称である可能性はあると思います。朴世堂も「自稱壬辰之亂俘入」と「自稱」という微妙な表現を使っていることを考えると僧侶の言葉を額面通り受け取っていなかったのかもしれません。
>>非常に大胆な推測ですが若しかすると、この僧は行方不明になったとされる船で欝陵島へ来たのかもしれません。
むう。。これは非常に大胆な推測と言うより荒唐無稽な話のように思います。ararenotomoさんが「彼らは竹島が物産豊富な島と聞き、自主的に竹島へ渡った」とお書きになったのは行方不明になった船で朝鮮半島から鬱陵島に渡ったという意味でしょうか。行方不明になった船は隠岐から鬱陵島に渡って隠岐に戻る途中で行方不明になったわけですからその可能性はありません。
それに私は行方不明になったとされる船は朝鮮に漂着した事実も自力で日本にたどり着いた事実もないからこそ行方不明になったとされているのだと思います。行方不明になったとされる船は乗員もろとも海の藻屑と消えてしまったというのが常識的な判断だと思われます。朴世堂に鬱陵島の話を語ったのはこの世に未練を残しつつ溺死してしまった僧侶の亡霊だったのでしょうか。。。
>>この僧は欝陵島や于山島を知悉しているように見えます。
『西溪雑録』で于山島について言及している箇所は朴世堂が自らの見解を述べている箇所であり僧侶が于山島について何らかの知識を持っていたと判断できる箇所はありません。これは決して私の我田引水的な解釈ではありません。朝鮮日報日本語版の記事には、
朴世堂は船に乗り鬱陵島に行ってきた僧侶から伝え聞いた話を記録し、次のように述べている。 「大体、2島(鬱陵島と于山島)はさほど離れておらず、1度大きな風が吹けばぶつかってしまうほどだ。(以下略)
http://www.chosunonline.com/article/20071206000065
http://www.chosunonline.com/article/20071206000066
とあります。これは韓国の学者も「盖二島去此不甚遠」以降は朴世堂が自ら述べている箇所であり僧侶から伝え聞いた話の内容ではないと判断しているということではないでしょうか。
>>「麋鹿熊シヤウ(獣偏に章:ノロ)徃徃越海出來」即ち「オオジカや鹿や熊やノロが時々海を越えて出で来る」は、朝鮮半島から140kmも離れた欝陵島に、これらの動物が海を越えて来るとは、本来あり得ないことです。しかし欝陵島は、朝鮮本土に近く、自分たちが頻繁に往来していることを、示したかったのかもしれません。
むしろ朝鮮半島と鬱陵島との間の距離を鹿や熊が渡ってこれる程度の近い距離にあると勘違いしていたと判断すべきです。これは「盖二島去此不甚遠」以降は確実な情報をもとに書かれた文章ではないことを示唆しています。
>>「壬辰之亂の俘」と称したのは朝鮮社会で生き抜くための偽称でしょう。彼らは竹島が物産豊富な島と聞き、自主的に竹島へ渡ったのかもしれません。
たしかに当時鬱陵島に行くことは国禁であり、朝廷にばれたら処罰されてしまいますから、偽称である可能性はあると思います。朴世堂も「自稱壬辰之亂俘入」と「自稱」という微妙な表現を使っていることを考えると僧侶の言葉を額面通り受け取っていなかったのかもしれません。
>>非常に大胆な推測ですが若しかすると、この僧は行方不明になったとされる船で欝陵島へ来たのかもしれません。
むう。。これは非常に大胆な推測と言うより荒唐無稽な話のように思います。ararenotomoさんが「彼らは竹島が物産豊富な島と聞き、自主的に竹島へ渡った」とお書きになったのは行方不明になった船で朝鮮半島から鬱陵島に渡ったという意味でしょうか。行方不明になった船は隠岐から鬱陵島に渡って隠岐に戻る途中で行方不明になったわけですからその可能性はありません。
それに私は行方不明になったとされる船は朝鮮に漂着した事実も自力で日本にたどり着いた事実もないからこそ行方不明になったとされているのだと思います。行方不明になったとされる船は乗員もろとも海の藻屑と消えてしまったというのが常識的な判断だと思われます。朴世堂に鬱陵島の話を語ったのはこの世に未練を残しつつ溺死してしまった僧侶の亡霊だったのでしょうか。。。
>>この僧は欝陵島や于山島を知悉しているように見えます。
『西溪雑録』で于山島について言及している箇所は朴世堂が自らの見解を述べている箇所であり僧侶が于山島について何らかの知識を持っていたと判断できる箇所はありません。これは決して私の我田引水的な解釈ではありません。朝鮮日報日本語版の記事には、
朴世堂は船に乗り鬱陵島に行ってきた僧侶から伝え聞いた話を記録し、次のように述べている。 「大体、2島(鬱陵島と于山島)はさほど離れておらず、1度大きな風が吹けばぶつかってしまうほどだ。(以下略)
http://www.chosunonline.com/article/20071206000065
http://www.chosunonline.com/article/20071206000066
とあります。これは韓国の学者も「盖二島去此不甚遠」以降は朴世堂が自ら述べている箇所であり僧侶から伝え聞いた話の内容ではないと判断しているということではないでしょうか。
>>「麋鹿熊シヤウ(獣偏に章:ノロ)徃徃越海出來」即ち「オオジカや鹿や熊やノロが時々海を越えて出で来る」は、朝鮮半島から140kmも離れた欝陵島に、これらの動物が海を越えて来るとは、本来あり得ないことです。しかし欝陵島は、朝鮮本土に近く、自分たちが頻繁に往来していることを、示したかったのかもしれません。
むしろ朝鮮半島と鬱陵島との間の距離を鹿や熊が渡ってこれる程度の近い距離にあると勘違いしていたと判断すべきです。これは「盖二島去此不甚遠」以降は確実な情報をもとに書かれた文章ではないことを示唆しています。
これは メッセージ 16054 (ararenotomo さん)への返信です.
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