竹島

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日本の公的な官撰地図、舩杉批判2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/07/29 17:14 投稿番号: [15697 / 18519]
   さらに、それを裏付ける資料があります。『大日本府縣分轄圖』中の「青森縣圖」に全体の序文が記されましたが、そこにヒントがあります。序文の読み下し文は下記のとおりです。
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   この図、もっぱら行政上 郡区管轄を周知するを要し、3府37縣および北海道を析って共に15幀とし、繁を省き、要をとり、設色して以て披覧に便にす。その精悉のごときは地誌課すでに銅鐫大日本國全圖あり。今、彼に譲り、またこれを贅せず。
   明治14年5月              内務省地理局
                         監修   塚本明毅
                      製図   吉田晋   高橋不二雄
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   この序文を読むと、もともと『大日本府縣分轄圖』は簡略版であることがわかります。たしかに同書は、各地図の大きさが 40 x 20 cm くらいと小さく、一目でコンパクト版とわかります。したがって詳細を知るためには、序文に書かれたように銅版の「大日本國全圖」を見る必要があります。
   同図は前年の1880年に発刊されました。この地図の作成には『大日本府縣分轄圖』と同一部署の同一人物などがかかわりました。大きさは 161×151 cm で本格的な地図です(注2)。
   この地図にも竹島・松島は記載されませんでした。これは、内務省の「大日本府縣管轄圖」(1879)に竹島・松島が記載されなかったので、その流れから当然といえます。当時の内務省のすべての地図は、竹島・松島を本州に属さないとした同省の『日本地誌提要』(1878)を地図で表現したものといえます。両島が本州に属さなければ、もちろん九州や北海道にも属さないし、日本領ではありえません。

   ときに、地理担当部署が発足する前の官撰地図としては、江戸時代の伊能忠敬の地図を元にした「官板 実測日本地図」をあげることができます。これは 1867(慶応3)年に発刊され、1870(明治3)年にも東京大学の前身である開成学校(大学南校)から再版されました。この地図について徳島大学図書館はこう解説しました。
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  本図は,江戸幕府が開港政策をとり,航海用の正確な沿海地図が必要となったことから,伊能忠敬が作製した全国初の実測日本図である「大日本沿海輿地全図」(文政4年,1821)の小図をもとに,開成所から発行されたものである.「官板   実測日本地図」は,間宮林蔵が測量した「北蝦夷(樺太)」図幅を含めて4鋪からなり,本図はそのうちの西南日本の沿海地図である.明治3年(1870)には同じ版木を使って,大学南校(東京大学)から再版されている.「輯製20万分の1地形図」(明治26年,1893)などにみるように,伊能図は明治以降も多くの地図の基本図となった(注4).
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  「官板   実測日本地図」は明治時代の地図の基本になった官撰地図ですが、その中の「山陰   山陽   南海   西海」版などにも竹島・松島は記載されませんでした(注3)。なお、伊能図以前の官撰地図としては江戸幕府により日本国の絵図が4回編纂されましたが、いずれにも竹島=独島は記述されませんでした。
(つづく)
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